第32話 鼠のバケモノ

 現れた鼠の体躯は人間の成人男性の二倍の大きさがあり、鋭い前歯を剥き出しにしてこちらを威嚇してくる姿は普通の鼠とは大きく異なる。その姿を見たソルドの脳裏に〝魔物〟の二文字が過ぎる。


「ヂュラァァァ!」

「鼠!? こんな大きな鼠がいたのですか!」

「んなわけあるか! どう考えても普通の鼠じゃない!」

「軍の遠征でもこんなのと戦ったことないッスよ!」


 この世界はゲームの舞台であり、ルミナの聖剣のゲーム内にも魔物という存在は出現していた。

 しかし、ソルドが転生してから今日に至るまで魔物という存在を確認したことはなかった。その概念すらこの世界にはなかったのである。


「急にファンタジーらしさ出してくんなっての!」


 ソルドはルミナを庇うように前に出ると、腰に差した剣を引き抜く。


「先輩! 皇女殿下はアチキが守りますから前衛お願いするッス!」

「わかった!」


 ソルドは苛立ちをぶつけるように剣を振るうが、巨大鼠の体毛は鉄のような硬さで刃が弾かれてしまった。

 さらに間髪入れずに巨大鼠はこちらに向かって突進を仕掛けてくる。


「させないッス!」


 トリスはすかさず矢を射る。放った矢は的確に巨大鼠の鼻先に突き刺さる。


「ナイスショット!」


 ソルドは思わず賞賛の声を上げる。トリスの弓の腕は知っているが、それでも自分の動きを理解した的確な射撃には驚いた。見ない内に随分と腕を上げたらしい。


「ヂュラァァァ!」

「全然効いてないッス!?」


 だが、巨大鼠は怯むことなく再びこちらに襲いかかってくる。どうやらあの程度の攻撃では大して効いていないらしい。


「トリス、目を狙え!」

「了解ッス!」


 トリスは言われた通り巨大鼠の目に狙いを定めて矢を放つ。放たれた矢は吸い込まれるように巨大鼠の右目を貫いた。


「ヂュゥ!?」

「もらった!」


 巨大鼠が怯んだ瞬間をソルドは見逃さなかった。

 跳躍すると、ソルドは突きの構えを取り巨大鼠の左目を貫く。剣の根元どころか肘の辺りまでが巨大鼠の目の中に埋まった。バケモノといえど、さすがに致命傷である。

 剣の切っ先が脳にまで達したこともあり、巨大鼠はそのまま力なく横たわるのであった。


「ふぃー、さっすが先輩ッスね!」

「最初にここに来たのが俺達で良かったな。一般兵士じゃこんなバケモノとまともに戦えないぞ」


 この世界で兵士が戦うのは他国の兵士か野生の獣くらいである。こんな常軌を逸したバケモノとの戦いは想定されていない。

 魔法やモンスターは、お伽噺の域を出ない存在でしかなかったのだ。


「死んでるとは思うが、念のためちゃんと死んだか確認するぞ。トリス、ルミ――皇女殿下を頼む」

「はいッス」


 ソルドは念のため周囲を警戒しながら、地面に倒れた巨大鼠を観察する。

 すると、巨大鼠の肉体は黒い靄のようなものになって崩れ落ちていく。


「マジでゲームの演出みたいだな……」


 肉体が崩れ落ちた跡には、巨大な前歯と硬質化した体毛、そして金色に輝く球体が残っていた。


「なんだこれ?」


 ソルドは巨大鼠の体内から出てきたこともあり、懐から手拭いを取り出して金色の球体に触れようとした。


「チュゥ!」

「あっ」


 その瞬間、腰に着けたままにしていた弱り切った鼠が逃げ出し、金色の球体に触れた。


「ヂュラァァァ!」


 金色の球体に触れた鼠は巨大化し、先程と同じバケモノが誕生した。


「……もう一回遊べるドンってか?」

「おかわりはいらないッスねー」

「二人共、鼠が来てますから!」


 そして、二回目の巨大鼠戦は一瞬で終わりを迎えるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る