第30話 性的二形

 それから好奇心が勝ったのか、口ごもりながらも尋ねる。


「……仮にですよ? もし、本当にここから出る手段が、その、性行為しかなかったらどうしますか?」

「死ぬ気で天井の穴をよじ登る」

「そんなに嫌なんですか!?」


 ソルドの即答ぶりにルミナは信じられないとばかりに大声を上げる。


「普通に皇女と騎士でそういう行為はしちゃまずいだろ」

「急にまともなこと言うじゃないですか」

「俺だって命は惜しいんでね」


 ソルドはあっさりと言い放った。そんなソルドの態度にルミナは不満げに頬を膨らませる。


「これ以上厄介事に巻き込まれるのはごめんだ。少なくとも、そういう状況になったとしてルミナだけはないから安心しろ」


 ソルドとしては、原作主人公と思っているルミナと深い繋がりができることは避けたいと思っていた。もう手遅れだということは置いておく。


「なんか、こう、もっとないのですか」

「一体俺に何を求めてるんだよ」


 ソルドは心底わからないといった様子で首を傾げる。


「恋愛対象として見ていると言われても困りますけど、あからさまに恋愛対象じゃないと言われるのも複雑なのです!」

「皇族らしい理不尽さに一周回って安心すら覚えるわ」


 ソルドは遠い目をして呟く。


「ルミナはこの国の皇女だ。今年で十六になるんだし、結婚相手だってそろそろ決まる時期だ。恋愛なんてできると思わない方がいいぞ」


 皇族に生まれた時点で自由などあってないようなもの。そのことはルミナ自身が一番わかっているはずだ。

 ソルドはそう思っていたのだが、ルミナは納得できないらしく唇を尖らせる。


「……わたくしには弟がおります。別にわたくしが政略結婚する必要はありません」

「そんな理屈が通らないことはあんたが一番よくわかってるだろうに」


 下水の流れる用水路を平気で通るような女だ。ルミナが自由に憧れていることはソルドも理解していた。

 だからこそ、言わなくてはいけない。


「自由には責任が伴う。責務を果たさずに我を通すのならば、それはただの自分勝手だ」

「わかって、います……ええ、ソルドの言う通りですね」


 ソルドの言葉を噛み締めるように俯いたルミナだったが、すぐに顔を上げて微笑みを浮かべた。

 それは諦めを含んだような寂しげな笑みだった。

 そんなルミナの表情に、ソルドは胸がざわつくのを感じる。

 こんな顔をさせたかったわけではない。


「とにかく、ルミナは自分の立場を自覚してくれ。皇女として頑張るのなら、俺も騎士として協力はするから」


 ソルドは無難な言葉をルミナにかけることしかできなかった。


「あっ、こんな話をしている場合じゃありません! 早く謎を解いて脱出しないと!」


 気まずい空気が流れることを嫌い、ルミナは努めて明るい声で話題を変える。


「それなら大丈夫だ」

「えっ、もう解けたのですか」


 驚くルミナの横でソルドは解説を始める。


「隠し扉の仕掛けに比べれば簡単だ。これは性的二形が鍵になってる」

「性的二形?」


 性的二形とは、同じ種の雄と雌の個体が外見や体の特徴、行動などにおいて明確な性差を持つ現象のことである。


「四体の動物の中でも雌雄で明確な個体差があるのは獅子だけだ。雄獅子にあって雌獅子にないものはなんだと思う?」


 話題を振られ、ルミナは咄嗟に馴染み深い獅子の獣人であるレグルス大公の顔を思い浮かべた。


「えっと……鬣でしょうか?」

「そうだ。そして、子供の獅子らしきこの像には鬣がない」


 ソルドはそれぞれの動物の壁画に掛かっている石の剣を集め始める。各壁画に石の剣は二本ずつ掛かっており、石の剣は計八本になる。


「ビンゴだ」


 子獅子の石像の首元には切れ目が入っており、ちょうど剣を差し込める大きさの穴も開いていた。

 八本の石の剣を差し込むと、ちょうど剣が鬣のような状態になった。それをハンドルのように回し始める。

 すると、獅子の壁画があった場所が上に移動して通路が開いた。


「すごいです、ソルド! 通路が出てきました!」

「どうやらセックスしないと出られない部屋じゃなかったみたいだな」

「そ、それは忘れてください!」


 冗談めかしたソルドの言葉にルミナは恥ずかしそうに顔を赤く染めた。

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