第28話 皇女捜索

 ルミナが単身で地下通路に入り込んだと察してすぐに、ソルドは周囲に指示を出して地下へ向かった。


「何でアチキだけ同行させたんスか。地下は広そうですし、みんなで手分けして探した方が効率いいッスよ」


 ソルドは現在トリスと共に地下を進み、他の者達には地上で待機を命じていた。

 薄暗い地下は得意ではないトリスは、ソルドの後ろを付いていきながら不満げな表情を浮かべている。


「大体、鳥目のアチキ連れてきてどうするスか」

「何が鳥目だよ。実際はちゃんと見えてるだろうに」


 鳥目とは鶏の視力が低いことから広まった誤解である。

 鳥の視力は人間よりも遙かに良い。それは鳥の獣人も同じである。

 本来ならばトリスも鶏と同様に暗闇で視力が低くなるはずだが、トリスは他の鳥獣人と比べても遜色ないほどに目が良い。その辺りは動物と獣人の肉体構造の差といえるだろう。


「地上ほどよくは見えないッスよ。色の見え方も全然違うんスからね」

「せいぜい人間レベルに視力が落ちるくらいだろうに、今の状況ならそれで十分だ」


 ソルドは会話をしながらでも油断せずに歩みを進める。

 ルミナにもしものことがあれば本当に打ち首になりかねない。焦るのも仕方のないことであった。


「おっ、鼠ッス」


 トリスは弓を構えると即座に矢を射る。

 暗闇の中、正確に放たれた矢は鼠の尻尾を地面へと縫い付けていた。


「前言撤回。全然人間よりも目がいいじゃねぇか」

「暗い所は鼠限定ッスよ。鼠は鼠道を辿ればその先にいるッスからね」

「たぶんそれ、お前らにしか見えてないやつだからな」


 何体も鼠を生け捕りにして回収してくるトリスに、ソルドは呆れたようにため息をつく。

 鼠道とは鳥の獣人にのみ見える鼠が通る道のことで、視力が落ちようともその道は光って見えるそうだ。

 鼠を生け捕りにしたトリスは笑顔を浮かべて告げる。


「食いまスか?」

「あほか、寄生虫怖くて食えんわ」

「冗談ッスよ」


 トリスは笑顔を浮かべると、生け捕りにした鼠を腰のベルトに結びつける。


「これは道の安全を確認するためッス。罠とかあったら大変ッスからね」

「何でこんなに有能なのに出世できないんだろうな」

「獣人だからじゃないッスかね」


 否、報連相ができないからである。


「先輩の分もあるッス。不安なときは鼠を使って安全確認するといいッス」

「お前、意外と容赦ないよな」


 トリスも何だかんだ言って兵士だ。

 無駄な殺生はしないが、必要とあれば容赦はしない。ある意味、彼女の獣人らしい一面である。


「鼻の利くライ君連れてくればこんなまどろっこしいことしなくていいんスけどね」

「いや、誰だよ」

「あの狼の子ッスよ」

「あー、あの獣人の血が濃そうな子か」


 最近入ったばかりだという少年獣陣兵の一人には、顔があからさまに肉食獣の顔立ちの者がいた。

 獣人と人間の血が混ざった者は見た目がどんどん人間に近づいていき、耳や尻尾くらいでしか判別ができなくなる。


「あの見た目だと先祖返りかほぼ人間の血が混ざってないってところだな」

「詳しい事情は聞いたことないッスけど、たぶん先祖返りっぽいッスね」


 レグルス大公も獣人としての血は薄まってしまっているが、先祖返りによって純粋な獣人と同様の見た目と力を持っている。

 珍しい例のはずだが、意外と身近に同じようなケースがあったようだ。


「あの子は信用できない」

「……どういうことッスか」


 仲間を信用できないと言ったソルドの言葉にトリスが目を細める。


「気を悪くしたらすまん。だが、どうにも引っかかるんだ」

「何がッスか」

「報告書には獣のような唸り声が聞こえるとあった。調査団員の人も鳴き声じゃなくて〝唸り声〟と言っていた」

「それのどこがおかしいんスか。あれって結局地下から風が吹いて鳴ってた音じゃないッスか」

「獣の唸り声ってのはもっと喉を鳴らして相手を威嚇するような声だ。俺達が聞いていた遠吠えみたいな音じゃない」


 調査団員は定期的に聞こえる獣の鳴き声と唸り声から近くに猛獣が潜んでいるのではないかと考えていた。

 きっとソルド達が来なければ近い内に調査も仕切り直しとなっていたことであろう。


「まさかライ君がそれを?」

「確証はない。でも、信用しない理由としちゃ十分だ。何せ皇女殿下の捜索だからな。不安要素は全て排除したかったんだ」


 そんなことをした証拠もなければ、意図もわからない。

 それでも、万が一を考えればルミナの捜索を彼に任せることはできなかったのだ。


「じゃあ、自分は信用されてるってことでいいッスか!」

「ああ、信頼もしてるよ」


 ソルドにとって近衛騎士団所属前からの後輩であるトリスは信頼できる。だから、わざわざ彼女だけを連れてきたのだ。


「それは嬉しいッスけど、どうやって皇女殿下を探すんスか?」

「ルミ――皇女殿下が地下に入ってからそう時間も経っていない。しらみつぶしに近くを探すしかない」

「そうッスね。ここからは手分けして探すッス」


 ソルドの言葉に頷くと、トリスは分かれ道を曲がっていくのであった。

 それからソルドは一人で地下を進んでいく。

 生憎、罠らしき装置などはなく、生け捕りにした鼠の出番もなかった。


「見つけたぞ、このバカ皇女」

「うっ……ソルド」


 そして、ルミナのこともあっさり見つけることができた。

 ルミナも迷惑をかけた自覚はあるのか松明に照らされた表情はバツの悪そうな表情だった。


「大方、調査団員を連れてきたら外で待機させられるから先に中に入ったんだろ」


 ルミナは帝国の第一皇女だ。立場上、わざわざ危険な場所に入ることは許可できない。


「未知の場所は危険だって言ったよな」

「はい……」

「まだ見ぬ冒険にわくわく気持ちはわかる。俺だって隠し通路を見つけたときはわくわくしたからな」


 俯くルミナを宥めるようにソルドは言葉を続ける。


「頼むから何かするときは俺にだけでも相談してくれ」


 ルミナの気持ちもわかるが、危険な行動をされればソルドの責任問題にもなりかねない。


「……申し訳ございませんでした」


 口の悪いソルドが優しい口調で諭したこともあり、ルミナは素直に頭を下げた。反省している人間には優しい言葉の方が響くものである。


「一旦、地上に戻って安全が確保できたらまた中を探検すればいい。一緒に戻ってくれるな?」

「はい、わかりました」


 ここまで言われればルミナも引き下がらざるを得ない。

 来た道を引き返そうとするソルドに続き、ルミナは歩き出す。その瞬間、ガコンと何かの装置が起動する音が聞こえた。


「ルミナ」

「はい」


 二人の足下にあった地面が突如として開いた。

 さすがのソルドといえど、急に地面がなくなってしまってはどうしようもない。


「お前、ホントにふざけんなよ!」

「本っ当にごめんなさぁぁぁい!」


 重力に従って落ちていく中、ソルドはせめてルミナだけでも怪我をしないように彼女を抱きしめるのであった。

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