第15話 皇女殿下
「来訪の予定はなかったはずだが、まあいい。どうぞ、お入りください」
「失礼します」
レグルス大公の許可を得て入室してきたのは、息を呑むような美少女だった。
金糸で繊細な刺繍がされた深紅のドレスに身を包み、日の光を受けて輝く琥珀色の髪、整った顔立ち。
初めて見る御仁だったが、その容姿の特徴はソルドもよく知るものだった。
その存在を認知した瞬間、ソルドは即座に片膝を付き、レグルスは慌ててイスから立ち上がる。
「これは皇女殿下! 一体、このようなところに何用で?」
「そう畏まらないでください。楽にしていただいて構いませんよ」
ソルドは跪きながらも、冷や汗を流す。初対面のはずなのに、その声には聞き覚えがあったからだ。
「此度のこと、改めて謝罪をしようと思いまして」
「そんな! 皇女殿下が謝罪するようなことなどございません!」
「いえ、謝らせてください。此度の事件、レグルス大公には大変なご迷惑をおかけしてしまいました」
凜とした声で告げると、皇女殿下――ルミナはレグルス大公へと頭を下げる。
「父である皇帝陛下に代わり、謝罪致します」
「頭をお上げください!」
皇族が獣人に頭を下げる。それは外に漏れれば大事件になりかねない出来事だった。
レグルス大公としてもルミナに頭を下げられることは、単純に心臓に悪い出来事なのだ。
「私はこの通り五体満足でこの場におります。此度のことは皇女殿下に責任は一切ございません。もしお優しい皇女殿下が責任を感じてしまうようでしたら、帝国の未来ために皇女としての責務を果たすようお務めくださいませ」
レグルス大公はルミナに当たり障りのないように言葉をかける。
「ありがとうございます。そう言っていただけると気持ちが楽になります」
しかし、その言葉を待っていたとばかりにルミナはニヤリと口元を歪めた。
「では、早速ですが皇女としての責務を果たすことにしましょう」
その様子を見ていたクレアは聞こえない程度の音量でため息をついた。彼女にはルミナが何をしようとしているか理解できてしまったのだ。
「早速ですが、レグルス大公。あなたが対応しているアルデバラン侯爵の業務。その全てをわたくしが引き継ぐことになりました」
「は?」
「ご安心ください。既にお父様と宰相であるヴァルゴ大公の許可は取っております」
予想外の言葉に固まるレグルス大公へルミナは先手を打つように告げる。
「お、お待ちください! ルミナ皇女殿下は今まで公務に携わったことはないはずではありませんか!」
「ええ、ですので、わからないことは適宜ご指導をお願い致します」
これは決定事項だと言わんばかりの態度にレグルス大公は何も言えなくなってしまった。
ありがたい話ではある。ただでさえ宰相ヴァルゴ大公の嫌がらせにも等しい無茶ぶりに加えて自分の公務で忙しい中、アルデバラン侯爵の公務も引き継いでいたのだ。負担が減るのならばそれに越したことはない。
だが、ルミナは今まで帝国城の中で英才教育を受けてきたものの、一度も城の外を見たことがない箱入り娘だ。
そんな彼女がいきなり公務を引き継ぐなんて問題しか起きない。何なら自分にその火の粉が降りかかってくることまで予想できしてしまう。
レグルス大公は、これも宰相による嫌がらせの一環であることを察して胃を摩った。
言いたいことを言えて満足したルミナは次の標的へと声をかける。
「そうそう。ちょうどいいところにいますね。騎士様?」
聞き馴染みのある呼び方に、跪いていたソルドはビクリと肩を振るわせる。
地下用水路で脱走を図った侍女ナルミ。その顔は暗くてよく見えなかったが、声だけはよく覚えている。
「また会えて嬉しいです。ゾディアス帝国第一皇女ルミナ・エクリプス・ゾディアスと申します」
まさかとは思っていたが、ナルミの正体はルミナだったのだ。
出会い頭に首筋へ剣を突き立てたことを思い出し、ソルドは身震いした。
「はっ、自分は帝国近衛騎士団所属ソルド・ガラツと申します。かの聡明で美しい皇女殿下にお声がけいただけることを光栄に存じます」
心にもないおべっかを並べながらソルドは内心冷や汗をかいていた。
「評判は聞き及んでおります。何でも強靱な肉体を持つ獣人兵すらも凌駕する強さを持ち、城内でも騎士の模範足る存在だそうですね」
「もったいなきお言葉でございます」
畏まった姿勢のままソルドは感情のない声で答える。
「明日にでも近衛騎士団から辞令が下るとは思いますが、ちょうどこの場にいることですし、わたくしから伝えましょうか」
「辞令、ですか」
まさか近衛騎士をクビになるのだろうか。それとも一般騎士に戻されて戦の最前線に立たされるのだろうか。
そんなことを考えていたソルドに、予想外の言葉がかけられる。
「近衛騎士ソルド・ガラツ。あなたをわたくし付きの騎士に任命します」
「( ᐛ )パァ」
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