第14話 お勤めご苦労様でした

 ソルドがエリダヌス補佐官を捕縛してから数日後。

 アルデバラン侯爵の葬儀が行われた。葬儀には多くの貴族が参列しており、その中にはソルドの姿もあった。


「アルデバラン侯爵、あんたとも素の自分で話がしてみたかったよ……」


 花を添えながら、アルデバラン侯爵と出会ってから今日までのことを思い出す。

 二人はどこまでも官僚と騎士という関係性でしかなかったが、アルデバラン侯爵は自分のことを度々気にかけてくれていた。

 レグルス大公やクレアのようにはいかない。そう思い、ソルドはあくまでも騎士としての態度を崩さなかった。


 そのことを心のどこかで悔いていたのだ。


 死者へ生者の言葉が届くことはない。それでも、ソルドはどうしても彼に言いたいことがあった。


「……おっちゃんを今まで助けてくれてありがとな」


 風が吹き、花びらが舞う。

 その言葉が果たして届いたのか、それを知る者は誰もいなかった。




「というわけで、おっちゃん! お勤めご苦労様でした!」

「刑期を終えて出てきた囚人の扱いをするな! ワシは無実だ!」

「すごく安心しますね、このやり取り」


 ソルドがおちゃらけてレグルス大公が怒る。そんな二人を見てクレアが笑顔を零す。

 そして、ソルドが持ってきた新作スイーツを食べて、紅茶を飲みながら一息つく。

 アルデバラン侯爵殺害容疑も無事に晴れ、釈放されたレグルス大公の執務室にいつもの日常が戻ってきた。

 しかし、何もかも元通りとはいかなかった。


「エリダヌス補佐官は死罪か。残念だ」


 まず、違法な獣人娼館を経営していたエリダヌスは死罪となった。

 これは、自分が原因で亡くなったアルデバラン侯爵の遺体を放置した罪によるものが大きい。


「おっちゃんは甘いんだよ。あの野郎、だいぶクソだったぞ」

「だが、獣人を救いたいという気持ちに嘘はなかった。彼の歪みを正せればあるいは……」

「たらればの話をしてもしゃーないだろ。あいつは更生の機会を与えようとしたアルデバラン侯爵を死なせた上に保身に走ったクズだ。それ以上でもそれ以下でもないって」


 ソルドはエリダヌスに怒りを覚えていた

 彼は結局、獣人を救うためと言いながら獣人を苦しめた。

 そして、何よりも自分の恩人であるレグルス大公を死に追いやるところだったのだ。許せるはずもない。


「因果応報って奴だよ。結局、自分が侯爵を見捨てたように、あいつ自身もご機嫌をとっていた官僚から切り捨てられた」

「死罪になったのも口封じの側面はあるのでしょうね」


 ソルドとクレアの言う通り、エリダヌスの死罪を望んだのは彼の獣人娼館を利用していた官僚達だった。

 もちろん、彼らが獣人娼館を利用していた証拠などない。エリダヌスが死罪となってしまっては真実は闇の中である。


「それより、獣人支持派の官僚が総崩れした方がまずいだろ」


 アルデバラン侯爵が亡くなったことにより、獣人支持派の官僚はその力を大きく削がれることとなった。

 レグルス大公も他の官僚達とは繋がりこそあるものの、皆アルデバラン侯爵のように正義の心を持っているわけではない。

 彼らは打算や利害関係で繋がっているに過ぎず、その関係が崩れれば簡単に離れていってしまう。


「……頭の痛い話だ」


 その上、レグルス大公はアルデバラン侯爵の業務を引き継ぐことになった。

 アルデバラン侯爵の息子はまだ未熟であり、侯爵の任を背負うには若すぎると判断されたためだ。


「ま、困ったことがあれば力は貸すよ」

「そいつは心強いな」


 あっけらかんとして告げるソルドの言葉に、レグルス大公は珍しく柔らかい笑みを浮かべた。


「感謝するぞ、ソルド」


 その言葉には今までとこれから、そして今回の事件で助けてもらったことに対する深い感謝が含まれていた。


「おう、もっと褒めてもいいんだよ」

「ああ、言葉では表せないほどに感謝しているさ。本当にお前がいてくれて良かった」

「……本気にすんなよ」


 レグルス大公が本音で語る。ソルドはそんな彼に対して照れ隠しのために、わざとらしく鼻を擦りながら明後日の方向を向いていた。

 そんな微笑ましいやり取りの中、控えめに執務室の扉が叩かれた。


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