第11話 迷い道もいずれは正道となる

「泳げない自分が地下用水路に呼び出されたとあれば、殺される可能性は考えるはず。侯爵にしては不用心すぎないか?」

「犯人がそれほど気を許した人物だったとか!」

「……考えれば考えるほど、おっちゃんが犯人になってくのなんかのバグだろ」


 そして、泳げないという点を除けば、レグルス大公が犯人であるピースが揃っていくことにソルドは頭を抱えていた。


「あなたはレグルス大公と親しいのですか?」

「私にとっては命の恩人だ」

「命の恩人、ですか。どんな出会いだったのですか?」


 興味津々といった様子でナルミはソルドに質問を投げかける。


「私は戦争孤児というやつでな。焼け落ちた村のたった一人の生き残りだったんだ」


 ソルドは〝新たな命として〟この世界に生まれ落ちたときのことを思い出す。

 生まれつき意識のあったソルドが母の顔の次に見た光景は、戦火に焼かれた家族と故郷だった。


「レグルス大公は獣人というだけ人間から蔑まれていた。それなのに、人間の私を迷うことなく助けてくれたのだ」


 そのときから、レグルス大公はソルドにとってのヒーローだった。

 ソルドが人間の身でありながらも獣人に偏見がないのは、元の世界での価値観で獣人というファンタジーな存在が格好良く感じていたからだけでない。

 何よりもレグルス大公という見た目も心意気も格好良い獣人が傍にいたからである。


「だから、今度は私がレグルス大公を助ける番なのだ」


 固く握りしめた拳から血が零れ落ちる。

 何が転生者だ、何が現代日本知識だ。恩人一人救えないでそんなものに何の意味がある。

 こうしている間にも、レグルス大公は地下牢で不当な扱いを受けているのだ。


「迷い道もいずれは正道となる」

「え?」


 唐突にナルミが発した言葉に、ソルドは思わず聞き返した。


「ゾディアス帝国初代皇帝の残した格言です。一見、道に迷っているように見えても、正しい道を進んでいるという意味の言葉ですよ」

「……ああ、急がば回れ的な」

「それは知りませんが」


 日本のことわざを知らないナルミは困ったように笑いながら続ける。


「恩人が理不尽に投獄され、救いたいがゆえに焦っては真実を見落としてしまいますよ」

「……それも、そうだな」


 ソルドはナルミの言葉に励まされたような気がして、どこか吹っ切れた気分になっていた。


「それでは、わたくしはこれで失礼します」

「ああ、気をつけていけよ」


 見逃すと言ってしまった以上、約束は守らなくてはならない。

 どう考えても不審者ではあるが、地下用水路を進んで外へと向かうナルミを止めるつもりはもうなかった。

 そんなとき、突然暗闇の向こう側から声が聞こえてきた。


「ソルド様、そこにいらっしゃいますよね!」


 その声には聞き覚えがある。共にレグルス大公の濡れ衣を晴らすために動いている侍女のクレアだ。


「あなたの横にいる人、捕まえておいてください!」

「御意!」


 ソルドはすぐに了承の意を示すと、ナルミの腕を掴む。ジタバタと抵抗するも、騎士であるソルドに侍女であるナルミが筋力で敵うはずもなかった。


「騎士様の嘘つき! 見逃してくれるって言ったじゃないですか!」

「すまん。つい反射で」


 ナルミの抗議に、ソルドは申し訳なさそうに謝る。


「また脱走ですか。しかも殺人事件で城内がごたついているときを狙うなんて、タチが悪いですよ」


 そして、すぐに駆け付けたクレアは呆れたようにため息をついた。


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