第9話 脱走常習犯
「実はこの地下用水路を使って外に出ようと思っておりまして」
「殺人事件で城内が騒ぎになっているこのときに、か?」
「騎士様はどうやらわたくしのことを疑っているようですので、先に言わせていただきますが、わたくしは神に誓って今回の殺人事件とは無関係です」
はっきりとした口調で告げるナルミにソルドはたじろぐ。先程まで怯えていたというのに、ここまで力の籠った言葉を返されるとは思っていなかったのだ。
「では、何故わざわざ地下用水路を使って城を抜け出そうとしているのだ。後ろ暗いことがあるからではないのか?」
「はい、後ろ暗いことはあります。ですが、そのこととは事件と無関係です」
きっぱりとそう言い切るナルミに、今度こそソルドは困惑してしまう。
目の前にいる侍女は殺人事件とは関係なしに、人目を盗んで城を抜け出そうとしている。そんな言い訳信じられるわけがない。
しかし、目の前の少女は嘘をついているようにも見えなかった。
むしろ、この状況でも臆することなく堂々と振る舞う姿には強い意志すら感じられる。
らしくないと思いながらも、ソルドはひとまず彼女の言葉を信じてみることにした。
「本来ならば問答無用で拘束するところだが、今は時間が惜しい。事件について何でもいい知っていることがあれば教えてくれ。それを条件にお前を見逃すことを約束しよう」
ナルミは松明も持たずに薄暗い地下用水路を歩いていた。それはつまり、彼女がこの場所について詳しいということだ。
事件の関係者でなくとも、何か手掛かりを掴めるかもしれない。
そう判断したソルドは彼女から情報を聞き出すために、彼女を見逃すことに決めた。
「ありがとうございます。そうですね、わたくしが知っていることといえば、この地下用水路は緊急時の脱出路の一つということくらいでしょうか」
帝国城内には、有事の際に皇族や重役の官僚達が逃げるための脱出路が設けられている。
この地下用水路もその一つだったのだ。
「他にはないか」
「あとは……慣れている者でなけば歩くのは危険ということくらいでしょうか」
「つまり松明を持たずに歩いているお前は脱走常習犯ということか」
「その話は一旦置いておきましょう」
図星を突かれたからなのか、下手くそな口笛を吹くナルミにソルドは思わずため息を漏らす。
「だが、お前の言った通り足元には瓦礫も転がっているな。確かにこれは危険だ」
松明で足元を照らしてみれば、小さなものから大きなものまで、様々な大きさの瓦礫が転がっていた。
「あの、アルデバラン侯爵が殺された事件についてはわたくしも存じ上げております。でも、彼が見つかったのは城の堀ですよね。何故、地下用水路に?」
真剣な表情で地下用水路を調べているソルドに、ナルミは疑問を口にする。
「アルデバラン侯爵のご遺体はふやけてはいたものの綺麗な状態だった。となると、外へと通じているこの用水路で溺死し、排水と共に堀へとご遺体が流れていったと考えるのが自然だろう」
ソルドは頭を掻きながら、アルデバラン侯爵の遺体が発見されたときの状況を説明する。
「だが、そこから先は手詰まりだ。今必要なのはレグルス大公が犯人ではないなんて当たり前の証拠じゃない。真犯人を突き止めるための決定的な証拠なのだ」
レグルス大公は弁解の余地もなく投獄されてしまった。それは獣人の立場の弱さ故だ。
彼の無実を証明するためには真犯人を見つける他ないのである。
「あなたは事件の調査ではなく、レグルス大公の無実を晴らすために動いていたのですか」
驚いた様子のナルミの言葉に、ソルドは何も答えない。
沈黙を肯定と判断したナルミは、さらに言葉を続ける。
「素晴らしいです。獣人への差別意識も持たずに正義感を持って行動するなんて!」
その瞳に、声音に尊敬の色を乗せて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます