第8話 侍女ナルミ

 独自の調査を進めていく上で、ソルドは地下用水路へ辿り着いていた。

 ソルドが地下用水路へと足を運んだのには理由がある。

 事件現場が掘りの周辺でない可能性を考えていたのだ。

 堀は城を覆うように存在しており、周辺の環境も野ざらしになっている。現場保存などされているわけもなく、事件の真相を掴むのは困難を極める。


 ただ一つだけ確かなことがある。

 アルデバラン侯爵は堀に直接落とされたわけではないということだ。

 堀の範囲は広く、夜間は獣人でもなければ遺体を発見するのは困難であり、発見が遅れること自体は理解できる。


 しかし、アルデバラン侯爵の遺体はふやけているだけではなく、頭部以外の損傷がなかった。


 つまり、堀に住んでいる魚などの水生生物に食べられることがなかったということだ。

 そこでソルドは犯行現場の候補として、地下用水路を調べることにしたのだった。地下用水路ならば、滅多に人が立ち入れない上に堀とも繋がっている。その上、地下用水路の水深はニメートル以上ある。落とされれば十分溺死する可能性はある。

 いまだ推測の域はでないが、ソルドはこの場所が犯行現場の可能性が高いと踏んでいた。


「やっぱり、あのクソジジイが絡んでるのか?」


 アルデバラン侯爵が殺された理由として考えられるのは、獣人の社会的地位向上を目指していたからというものである。獣人をよく思わない人間が獣人支持派の力を削ぎつつ、レグルス大公を陥れようとした。そう考えれば筋は通る。

 わざわざ遺体を堀に捨てて事件が発覚するようにしたと考えれば納得はできる。

 そうなると、怪しくなってくるのはやはり人間史上主義を掲げる宰相ヴァルゴ大公だ。


「いや、あのジジイだってバカじゃない。官僚を殺すなんてリスクが高すぎる」


 獣人に罪を着せて投獄するのならば、わざわざ官僚ではなく侍女や下級文官を殺してしまえば結果は同じになったはず。

 アルデバラン侯爵は獣人支持派ではあったが、獣人を差別しないだけで贔屓していたわけではない。官僚としても優秀だったため、彼がいなくなった際の影響力は大きい。


「にしても、酷い臭いだな……」


 地下用水路は城内で出た汚水などを排出する役目を持っている。そのため、城内の糞尿を含む汚水が混ざり合った用水路はひどい悪臭を放っていた。

 鼻をつくような悪臭に顔を顰めながら、松明で辺りを照らして奥へと進んでいく。


 すると、遠くから微かに足跡が聞こえてきた。地下用水路は定期的に職人が点検に来るが、点検は先日終わったばかり。故に、この場に何者かがいることはあり得ないはずだった。

 現状手掛かりを掴めていないソルドにとって、この足音は希望とも言えるものだった。

 この機を逃すまいと、ソルドは弾かれたように駆け出し、足音の主の元へと向かう。


「何者だ!」

「ひっ!」


 頭まですっぽりと覆うフード付きの外套を纏った下手人に剣を突きつけると、相手は小さく悲鳴を上げた。声の高さからして相手は女性。それもまだ若い少女のように感じられた。


「名を名乗れ! 何故ここにいる!」


 怯えるように身を震わせている女性に向かってソルドは声を荒げる。

 普段のソルドならばここまで荒っぽい対応はしなかっただろう。


 しかし、現在のソルドはレグルス大公の事件のことで苛立っており、少女の首筋に刃を当てるほどに冷静さを失っていた。


「わたくしは城内で侍女を務めているナルミと申します」


 気丈に振る舞いながらも震える声で自己紹介をした少女はナルミと名乗る侍女だった。


「……日本人みたいな名前だな」

「ニホン人?」

「いや、こちらの話だ。気にするな」


 つい警戒を緩めそうになったソルドだったが、再び気を引き締めてナルミへと問いかける。


「私は近衛騎士ソルド・ガラツだ。城内で起きたアルデバラン侯爵殺人事件について調査をしている」

「近衛、騎士」


 身分を明かすと、息を吞む音が聞こえた。

 明らかに怪しい様子のナルミに、尋問をするようにソルドは問いかける。


「この場は通常ならば侍女が立ち入る場所ではない。何を隠している」

「隠しているというか……事件とは無関係ですので」

「そのような戯言を信じると思うか?」

「……ですよね」


 乾いた笑いを浮かべた彼女は、観念したかのように両手を上げてガックリと項垂れた。


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