第7話 必ず助ける

「でも、誰も表立っておっちゃんの擁護はしてくれなかった」

「仕方のないことだ。今回のことに異を唱えることができる者など、皇帝陛下くらいしかおらん」


 それだけ帝国に根付いている獣人への差別意識は深いのだ。


「それにしても、あのアルデバラン侯爵がみすみす殺されるなんてあり得るのかよ」


 被害者であるアルデバラン侯爵は、城の堀に浮かんでいたところを発見された。

 死因は溺死。遺体の頭部には鈍器で殴られたあとがあり、このことからこの事件は事故ではなく、殺人事件として扱われることになったのだ。


「それもワシが疑われる一因なのだろうな……」


 アルデバラン侯爵は官僚でありながら、肉体の鍛錬は怠っていなかった。

 レグルス大公ほど筋肉隆々とまではいかないものの、騎士と比べても遜色ないほどの筋力を持っていた。剣術、槍術、共にかなりの腕前だったと城内では専らの評判だった。

 そんな彼が抵抗らしい抵抗もせずに殺害されたのは、やはり不可解であった。

 そうなると、疑われるのは強靭な肉体を持ち、アルデバラン侯爵と親しかったレグルス大公となってしまうのだ。


「調書の方はどうだ?」

「近衛隊長に頼みこんで見せてもらったのを暗記して写してきたぞ」

「さらっと、とんでもないことをするな」


 ソルドの行動に呆れるレグルス大公だったが、すぐに頭を切り替えてソルドが見せてきた紙束に目を通す。

 そこにはアルデバラン侯爵殺害時の状況が詳細に書かれていた。


『事件概要:タウロス・アルデバラン侯爵が城の堀で水死体として発見された。犯人とされるのは、獣人官僚であるガレオス・ソル・レグルス大公である』


『発見時の状況:アルデバラン侯爵の遺体は、帝国城西部の堀に浮かんでいる状態で発見された。遺体は水中に沈んでおり、衣装の一部に空気が入り込み浮いている状況だった。

 発見者は、巡回中の近衛騎士。巡回中に遺体が浮かんでいるのを目撃し、即座に他の兵士に知らせ事件が明らかとなった』


『遺体の状態:アルデバラン侯爵の遺体は、全身がふやけており、死後数日経過していることが窺えた。遺体の頭部には、鈍器で殴られた後があったが、アルデバラン侯爵は大量に水を飲んでおり、死因は溺死だと推測される』

 

『周辺の状況:堀の周辺には異常は見られず、アルデバラン侯爵を目撃した人物もいなかった』


「思ったよりもちゃんとした調査がされててビビったよ」

「これが平民の獣人の事件だったら、適当に書かれていたのだろうな」


 今回の事件はレグルス大公を陥れようとする何者かの策略である可能性が高い。ならば、レグルス大公が犯人扱いされてもおかしくはない。

 そんな中で彼を信じる人間が城内にはいるというだけでも、レグルス大公がした来たことは無駄ではなかった。


「せめて犯行時刻がわかればアリバイも立証できたかもしれんのだがな」

「水死体から死亡推定時刻を割り出すのは難しいぞ? 水中での死体の変化は、水温や水の状態、経過時間などによって変わってくるから」

「お前、本当にそういう知識だけは豊富だな」

「元ガリ勉の転生者なもんで」


 おどけたように笑うソルドを見て、レグルス大公は苦笑する。


「しかし、この状況から無実の証明は難しそうだ」

「悪いけど、これ以上の無茶はできない。クレアさんは危ない橋でも渡りそうだけど」

「仕方ないことだ」


 冷酷ともとれるソルドの言葉に、レグルス大公は静かに目を瞑る。


「まあ、危なそうなら止めるつもりだよ」

「そうか、頼んだぞ。ワシが処刑されるとなれば、彼女は無茶をしかねん」


 クレアはレグルス大公の侍女でありながらも、ほとんど補佐官と言っても差し支えないほどの働きをしてきた。


 そして、その忠誠心は誰よりも高いことをレグルス大公はよく知っている。

 彼女が無謀なことをしかねないと危惧したレグルス大公は、彼女を止めてくれる者がいることに安心していた。


「安心しろって、おっちゃんの遺骨はご先祖様の故郷に届けてやるから」

「ははっ、そいつはいい! 是非とも頼みたいところだ」

「その代わり、化けて出てくんなよー?」

「当たり前だ。これでも誇り高き獅子の獣人だぞ。そんなみっともない真似はせんわ」


 冗談を言い合い、二人は同時に噴き出した。


「そんじゃ、俺はそろそろ行くわ」

「ソルド」


 土埃を払い立ち上がったソルドへ、レグルス大公は声を掛ける。

 振り向いたソルドの表情はいつもと変わらない、気楽なものだった。


「この国を頼んだぞ」

「はいよー」


 最後の会話になるかもしれないというのに、ソルドはいつもと変わらぬ調子で手をひらひらとさせながら地下牢を出ていく。


「待ってろよ、おっちゃん。必ず助けてやるからな……!」


 地下牢を出て小さく呟いたソルドの手には血が滲んでいた。

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