第8話 俺は私服姿のクラスメイトに目を奪われる
部屋の中をぐるりと見回して、俺は達成感と得も言われぬ焦燥感を抱いていた。
ダイニングテーブルにテレビ、ソファ、その他棚が並ぶダイニングキッチンには塵一つない。自室も、ベッドといい勉強机といい、どれもが思いつく限りの美しさを保持している。見せたくないものはクローゼットの中に押し込んだ。
服も、自分で思いつく限りまともなものを選んだ。インターネットに大分頼ってしまったが、悔いはない。
準備は万端。よし。
逸る気持ちを抑えながら、俺は進んでいく時計の針を眺める。時刻は正午を少し過ぎたあたり。かれこれ三時間近く作業をしていたことになる。そろそろ嶋森が来てもおかしくない時間だった。
親には昨日のうちに友人がやってくるということを、もしかしたら泊まるかもしれないということ含めて了承を取っている。
どういうことやら、「楽しむときはしっかりと楽しめよ」と意味深な言葉を笑顔で返されたこと以外は何事もなく。無事OKが出た。
なので本当に危惧することは何も無いのだ。
なのに心拍数は上がる一方で、徐々に落ち着きもなくなっていく。緊張しているのか……?
俺は部屋の中を行ったり来たりする。何度往復しただろうか。少し疲れが見えてきたところで、ついにその時が来た。
ピンポーンと、高らかにチャイムが鳴り響く。
俺は小走りで玄関まで駆けていくと、扉をゆっくりと開いた。
「わ、有坂くん。こんにちは」
「おう」
口から発せられたのは、気が抜けたような、判然としない感嘆の声だった。
嶋森は清楚さが伺えるような白基調の、肩口や胸元に黒色があしらわれているロングスカートを身にまとっていた。黒い長髪は後ろで一つに括られ、手には少し大きめのバッグとなぜかレジ袋を下げている。
普段の制服姿とはまた違った姿に、俺は、そう、視線を奪われてしまったのだった。
嶋森は戸惑いわたわたとしている俺の横を抜けて、「お邪魔します」と家の中に入っていった。ワンテンポ遅れて、俺もあとに続く。
嶋森は荷物を置くと、目をキラキラさせながら辺りをぐるりと見渡し、こちらに向き直ってきた。
「それで、今日お邪魔させてもらったのはですね」
「ああ。また予知夢を見たんだろ」
「そうなんです……けど。有坂くん、お昼ごはんってもう食べましたか?」
「? いや、まだだけど」
嶋森は言葉を切り、レジ袋を再度手に取る。
「その話をする前に昼ご飯にしませんか? 材料は買ってきたので、できればキッチンを使わせてほしいです」
「……ああ、もちろん」
「ありがとうございます! ちなみにチャーハンを作ろうと思ってるんですけど、嫌いなものってありますかね」
「あー、しいたけだけはちょっと苦手だから入れないでほしい」
「それなら始めから入れる予定はなかったので大丈夫ですね」
なんだか拍子抜けするような展開だが、お腹が空いていることも事実である。血糖値の下がった状態ではいつものように思考を働かせることができないかもしれない。
ここは嶋森の言葉に甘えておくことにしよう。
俺はさっそくキッチンで腕まくりをしてやる気に満ちている嶋森に話しかけた。
「それで、なにか手伝えることとかはあるか」
「そうですねぇ、あ、だったらネギが入ってるので、それを刻んでほしいです。ちなみに、使わないほうがいい道具とかってありますか?」
「少なくとも俺の知っている限りではないな」
俺は嶋森の隣に立つと、まな板と包丁を取り出し、ネギに刃を通した。
◇
コトリと、チャーハンが盛り付けられた皿をテーブルに置く。ふわっと香ばしい匂いが漂ってきた。
いざ完成した姿を目の当たりにすると、一気にお腹が空いてくるのだから不思議だ。
嶋森と向き合うようにして座ると、二人同時に手を合わせる。
「「いただきます」」
サクッと掬い、一口頬張ってみる。程よくパラパラになったご飯に、こってりしすぎない味付け。塩辛すぎず、ほんのり甘さを感じるほどで。
端的に言えば、とても美味しかった。
「美味しいな」
「ですね。久しぶりに作ったんですけど、上手くできてよかったです」
嶋森もチャーハンを頬張りながら、満足げに笑った。
しばらく黙々と、熱々の食事を堪能していたが、頃合いを見計らって俺は話を切り出した。
「それで、本題に入りたいんだが、嶋森は一体どんな夢を見たんだ?」
はっと顔を上げ、慌ててチャーハンを飲み込むと、嶋森は俺の質問に答えた。
「えぇと、心して聞いて下さい」
「なんだか宇宙人のときと似ているな」
「それとこれとは訳が違います」
真面目な口調で、ちょっとした茶化しもばっさりと切り捨てられてしまう。
ただならない雰囲気を感じ取って、俺も口をつぐむ。
嶋森はもったいぶらずに言い切った。
「正直に言います。有坂くん、もしかしたら近い将来に、有坂くんの家に例の怪人がやってくるかもしれないです」
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