第7話 俺は夜に平常心を乱される

「へえー、そんなことがあったんですね」


 俺の話を聞いた柚木崎は、いつもどおりのテンションで言葉を返してきた。。

 嶋森と一緒に帰った日の晩。いきなり柚木崎から電話がかかってきた。そこで柚木崎から近況を尋ねられたので、ひとまず今日あったことを話してみて、今に至る。


 嶋森との帰り路では、結局野良犬にエンカウントしてからは、これといった問題もなかった。それまでで十分疲れていたので、無事家に着いたときはひどく安心したものだ。


 柚木崎は「行けばよかったなぁ」と電話口でまだぼそぼそと呟いていた。


「行くも何も、お前風邪だろう? 治るまでは自宅待機だ」

「いやいや。実を言うと熱はもう引いてますし、咳だってないんですよ。今日は大事を取って休んだだけで、行こうと思えば行けました」

「……来ても特に良いことはなかったけどな」

「あるじゃないですか! 犬にびっくりする先輩の姿が見てみたかったです!」


 なんてやつだ、まったく。あまりの言い分に思わずため息が漏れそうになる。


 これ以上は、俺から話せることはないだろう。


「それで、お前はなんでいきなり電話なんてかけてきたんだ?」

「特に用事はなかったですよ。ただ誰かと話したかっただけで」

「おいおい」


 用もなく電話をかけてくるなんて、俺が黙りこくったら一体どうするつもりだったんだよ。

 今度こそため息をつく。そんな俺の呆れを感じ取ってか、柚木崎は「でも」と言葉を挟んだ。


「先輩の話を聞いて一つだけ得られたものがありました」

「そうか」

「はい。月曜日には絶対に登校してやるという気概です」

「もう切るぞ」

「あ、ちょっと有坂せん――」


 通話終了。ああなんて、無駄な時間だったのだろうか。

 もしかしたら、寝込んでいてその気晴らしにでも話し相手になってほしいのかなどと思っていたが、この様子じゃ心配はいらなさそうである。


 それにしても明日は土曜日か。すっかり忘れていた。

 休日と言っても特に変わったことはしないのだが、やっぱり浮かれている自分はいる。

 読書か、テレビを見るのも良い。この際気になっていたSF映画でも鑑賞してやろうか。

 両親はこの休日は家を開けると言っていたので、二日も一人だといつもはできないがやりたいことが溢れてくる。


 色々と予定を考えながら、俺は一応嶋森にも柚木崎の近況を伝えておこうかと思い立ち、トークアプリを開いた。


 すると、通知を示す表示があるのに気がついた。

 送り主は、噂をすれば、嶋森だ。


『明日、空いてますか』


 それだけの短いメッセージが表示される。ただ明日の予定を尋ねてくるというだけのものだったが、俺の心にさざなみを立てるには十分だった。こういうことを嶋森が聞いてくるということは。

 まさか、また予知夢絡みか――?

 俺は柚木崎の件を後回しにし、急いで返信する。


『今のところ用事はないが、どうした? 何かあったのか?』


 うっすらと手汗が滲む。先日の宇宙人騒動やら、今日聞いたばかりの都市伝説やらが脳裏をよぎる。

 既読は、すぐに付いた。


『何かあったといえばあったのですが、ここではちょっと言いづらいです』

『一日中、空いてますか?』


 慌てて打ったかのように、簡潔な文章が素早く届いた。

 嶋森が言い渋るとは、いったいどんなものを見たのだろうか。

 俺は一抹どころじゃない不安を抱きながら、質問に答える。


『空いてるぞ。明日から親がいないからな』


 ちょうどさっき考えていたばかりだったので、俺自身の予定は確実に把握していた。完全に偶然だったが、結果的には助かった。

 既読がつくも、今度はすぐには返事はこなかった。たぶん実際は一瞬なんだろうが、随分と待ち時間が長く感じる。

 それからさらに少しの間をおいて、俺の携帯が立て続けに二回震えた。


『それは良かったです』

『見た夢について直接話したいので、急ですが明日有坂くんの家に行ってもいいですか?

 もしかしたら、泊まることになるかもしれません』

『 』


 …………流石に急がすぎる展開に、手が滑って思いがけず空白を送信してしまった。

 考えていた明日の予定がすべて吹き飛び、俺の中で嶋森という二文字に置き換えられた。

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