第6話 俺たちは都市伝説と野良犬に惑わされる
「今日、帰り道で野良犬に襲われそうになる夢を見ました。なので、十分注意して帰りましょう」
「それは……微妙に現実味がある話だな。覚えておくよ」
宇宙人の一件から一週間ほどが経ったある日の部活動。下校時刻が近づき、帰る支度をしている最中、嶋森がさらっと予知したことを伝えてきた。
野良犬の襲撃……十分インパクトのある話題なのだが、やはり宇宙人には敵わない。事実あれ以来、予知夢関連で何か奇妙な事態に巻き込まれるようなことは起こっていなかった。
俺たちは先生に鍵を返しに行くと、足早に校舎を後にした。先の予知夢のこともあり、普段よりもなるべく人取りの多い道を選ぶ。
意図しないことだったが、寒さが本格化してきた今頃だと、人通りが多いほうが暖かく感じられて良かった。
「そういえば、今日は柚木崎さん来なかったですね」
「ああ。あいつは風邪だからな。今頃寝込んでいるんだろうよ」
「……初耳です」
嶋森は大きく目を見開くと、はぁと白い息を吐いた。
その様子を眺めながら、焦げ茶色のコートと赤いマフラーに身を包んだ嶋森の姿をちらりと見て、また視線を前に戻す。
口には出さないが、よく似合っているなと感じた。
「……私の服、似合ってますか?」
「え!? どうした急に」
こちらの心を読んだかのようなタイミングで、嶋森が質問を投げかけてくる。思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
まさか嶋森って、予知夢だけでなく心を読めるなんてことはないよな。
「似合ってますか?」
戸惑い答えあぐねている俺を見て、嶋森は再び同じ質問をしてきた。
「……ああ、似合ってるよ。とても」
「ありがとうございます♪」
対して俺も長考の後に本音を返した。
……慣れないことって、意外と恥ずかしいんだな。
上機嫌になった嶋森が、珍しく浮ついた調子で「ねえ有坂くん、知ってますか?」と次いで話しかけてきた。
「黄昏時に現れる怪人の話」
「知らないな……」
「最近話題の都市伝説です。意外と有名ですよ?」
「どんな話なんだ?」
素朴な俺の疑問に、嶋森は自信ありげに「こほん」と咳払いをすると、ゆっくりと語り始めた。
「目撃されるのは、主に夕方。黄昏時と呼ばれる時間帯です。黒い外套に身を包んでいて、正体は不明。性別も不明で素顔すら明らかになっていません」
「なんだそれ……完全に不審者じゃないか」
「でもただ目撃されているってだけで、危害はないんですよね。ちなみに目撃事例が多いのは、ちょうどこのあたり、学校付近です」
「おいおい……」
めちゃくちゃ危ないじゃないか。今、黄昏時だぞ。
背筋に冷たいようなものが走った気がして、周囲を見回してみる。有り難いことに怪しげな人の姿はなかった。
「ていうか、嶋森もそういう都市伝説みたいなの見たりするんだな」
「何を言ってるんですか、私も立派なSF研の部員ですよ? オカルトや陰謀論なんかはしっかり理チェックしてます」
「それはちょっとSF研からは離れているような気がするが……」
まあ、嶋森が良いならそれで良いか。
一人で納得し、俺は改めて周りに目を向けてみる。
すると、黒い何かがいきなり物陰から飛び出してきた。
「ひゃあ!」
短く嶋森が悲鳴を上げる。俺も心臓が止まるかと思うほどに驚いていたが、悲鳴だけはぐっとこらえた。
身構えながら、飛び出してきたものを見る。黒く、四つ足で、尖った耳と鼻……。
「……って、犬じゃないか」
そういや嶋森が、野良犬に襲われそうになるって言ってたっけ。怪人の話が強烈で、すっかり忘れてしまっていた。
野良犬は俺たちをしばらく見つめていたが、興味をなくしたのか、やがて遠くへと走り去ってしまった。どうやら襲われずに済んだようだ。ほっと止めていた息を吐く。
「…………知ってたのに」
俺が安心し胸を撫で下ろす横で、不服な顔をした嶋森がぼそっと呟くのが聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます