第2話 クラスメイトは俺の前でたまに慌てる

 授業もテストも終わり、放課後。早々に部室へ向かった俺を待っていたのは、眠りこける嶋森の姿だった。


 嶋森は椅子に座って、コクリコクリと舟を漕いでいた。机上にノートと教科書が広げられていることから、宿題でもしようとして寝落ちてしまったのだろう。この様子だと、昨晩も遅くまで勉強していたのかもしれないと予想できる。


 ここは起こさないようにそっとしておくのが最善だろう。


 俺は部室に備え付けられている棚からノートを取り出すと、嶋森の向かいの席にそぅと腰掛けた。カバンから数冊の本と筆記用具を取り出し、ノートに黙々と感想を書き始めた。


 SF研究部。それが俺、有坂ありさか春史はるふみが所属している部活動だった。活動内容は至ってシンプルで、おのおのがSFだと思った作品を鑑賞し、ときに語り合うだけ。

 部員数も三人とかなり少なく、対外的な活動もない。部活というよりかはむしろ、同好会のようなものだった。


 俺はペンを動かしながら、ちらりと嶋森に視線を送る。近くで見れば見るほど、嶋森という少女のことがよくわかるような気がした。


 腰まで伸びたサラサラの黒髪。透き通るような、それでいて見ていて柔らかさも感じる肌。その身を包む焦げ茶色のブレザーも、俺の着ているものとは一線を画しているように感じる。


 手入れの行き届いた、整った身だしなみ。それだけで嶋森の真面目さが伺える。

 事実嶋森は俺とは違い、予習復習ともにこなすような優等生だった。

 今日の小テストも、俺は存在を知っていたから及第点をとることができたけれど、嶋森ならおそらく知らずとも満点近い点数を取ることができただろう。あの宮田先生のテストですらだ。


 勉学、部活動ともに手を抜かず丁寧で、整った容姿をもち、気前も人当たりも良い。その上予知夢まで見ることができるときた。


 神様は嶋森に一体いくつのものを与えたのだろうか。


「…………うぁ」


 ぼちぼち感想も書き終わり、嶋森のことを考える時間のほうが多くなってきたころ、嶋森が目を覚ましたのかゆっくりと起きあがった。


 ぐーと大きく伸びをすると、こちらに気がついたようでじっと俺を見つめてきた。


「有坂くん……?」

「ああ。そうだが」

「さっきから変なことが起こったりしてないですか」

「いや? そんなことないけど」


 嶋森は安心したように大きく息を吐くと、真剣な眼差しを向けてきた。……なんだか、嫌な予感がする。


 そして俺が感じた不安は、悲しいかな、的中していた。


「落ち着いて聞いてください、有坂くん……今日、宇宙人が地球に攻めてくるかもしれないです……!」

「…………はあ」


 あまりに荒唐無稽な内容に、曖昧な相槌を打つことしかできなかった。落ち着くべきは俺じゃなくて嶋森だよ……。


 この後俺はどうしようか悩んだ末、あの手この手で嶋森に平常心を取り戻してもらおうと奮闘したのだった。



「お騒がせしました……」


 数分後。少し意識がはっきりしてきた嶋森は、両手で顔を覆い、俺から離れるように椅子の上で縮こまっていた。これもよくあることなのだが、まあ気持ちはわかる。寝起きってぼんやりとしてて変なこと呟いちゃったりするよな。


 かといっても、俺が嶋森を慰めるのもどうかと思いとどまり、今回は見守ることにした。


「お、お分かりとは思うのですが、さっきからの発言はすべて夢のせいなので、私の意図しないところではないので、あの、えぇと、その、気にしないでもらえると……」

「大丈夫だから、よくあることだし」

「あぁぁ……」


 自分の発言を思い返したのか、耳まで真っ赤に染まる嶋森。まだまだ平常心には程遠いようだったが、指の隙間から視線を送りながら、夢の内容について話し始めた。


「このままだといきなり宇宙人の存在を主張し始めただけのヤバい人になってしまうので、一秒でも早く弁解したいんですよ」


 俺の意を汲みとったのか、嶋森がそう前置きをする。たしかに一理ある考えだった。


「わかった。じゃあ聞かせてくれないか、嶋森が見た夢を」


 嶋森は深く頷くと、ぽつりぽつりと順を追って語り始めた。

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