ep.2 ズコット

暑い夏の日。

 女性に見える二人、カフェに入り、席に着く。

 店員、注文をとり、去っていく。


レナ「いやあ、今日も暑いね!」

舞 「ほんと。やってらんないわ」

レナ「あ、そうだ忘れないうちに。この前このピアスうちに置いていったでしょ」

舞 「え!気づかなかった、そうだ、ごめんありがとう!」

レナ「危うく捨てそうになったよ」

舞 「捨てられてなくてよかった~・・・」

レナ「・・・誰かからもらったやつ?」

舞 「ああ・・・・実加からもらったやつ」

レナ「実加ちゃんか。あげそう~」

舞 「レナはこういうの絶対くれないもんね」

レナ「あげないね。絶対に消えるものにする」

舞 「消えるものって基本的に匂いがあるから、意外と忘れられないんだよ」

レナ「たしかに・・・入浴剤、化粧品、香水・・・」

舞 「忘れられないんだよね・・・」

レナ「どうしたの?なんか辛気臭いじゃん」

舞 「あのね・・・実加と別れた」

レナ「え?!この前薫くんと別れてなかったっけ?」

舞 「別れた。だからいまはあんたと葵しかいない」

レナ「同時に付き合ってる人数として最低更新したんじゃない?」

舞 「え?そうかな・・・そうかも。こうなってからはそうかも」

レナ「ここから先は興味で聞くので、嫌だったらウサギの真似して”ぴょん”って言ってくれたらいい」

舞 「わかった」

レナ「減って悲しい?」

舞 「うーん・・・そうねえ」

レナ「それはなんで?」

舞 「全然わからないけど、甘えられる対象は普通に減ったからねえ」

レナ「あとは?」

舞 「あとは・・・・まあ、実加のこと好きだったし」

レナ「それはそうだよね」

舞 「もちろん薫のこともね」

レナ「実加ちゃんとはなんで別れたの?」

舞 「フラれた」

レナ「なんで?」

舞 「・・・・ぴょん」

レナ「わかった。まあ気が向いたら話して」

舞 「うん・・・・」

レナ「う~んそうかあ、今日は傷心カフェだったのね」

舞 「ごめんね、急に呼び出して」

レナ「何事かと思ったよ。いつも火曜日は実加ちゃんに会うから連絡することはないって前言ってたでしょ」

舞 「あーそんなこと言ってたなあ。当時は曜日で会う人決めてたんだよね」

レナ「…7人いたってこと?」

舞 「そうそう。でもすぐに5人になったからそのシステムはやめたの」

レナ「これもまたただの興味なんだけど、男女比は?」

舞 「男2、女3、それ以外2、って感じかな」

レナ「なるほど」

舞 「で、すぐわかれたのが男だった」

レナ「続かんねえ!」

舞 「男の人はダメみたい」

レナ「そういうもん?」

舞 「ん~みんな、いろんな性に理解あります!大丈夫です!好きです!みたいなかんじで最初は来るんだけど、いざ付き合ってみるとたくさんの恋人の影が見えて嫌みたい。嫌ならしかたないよねえ」

レナ「所詮人間の想像力なんてそのくらいお粗末なものなのよ」

舞 「もちろんそうじゃない人もいるし、長続きする男性も、すぐ終わっちゃう女性もいるけど」

レナ「まあ男女は関係ないか。」

舞 「レナは?」

レナ「ん?」

舞 「ほかの恋人の話たくさんするけど、嫌じゃないの?」

レナ「ん~~~最初はね、ちょっと抵抗あった。なんか、あったこともないほかの恋人さんたちより、かわいくならなきゃ、一番にならなきゃって。でも舞は、わたしはもちろん、誰とも比べてないんだよね。わたしばっかり気にしちゃって。ばかばかしいな、と思って気にするのやめた」

舞 「なんだか大人だね」

レナ「そんなことない。いまでも、たまに、たまにだけど葵ちゃんの話聞いて嫉妬するもん。どうしてその下着卸すの、わたしじゃなかったんだろうって」

舞 「みんなそう思ってるのかな・・・・」

レナ「それは人によるんじゃないかな」

舞 「私の想像力もお粗末だから、たくさんの恋人のうちのひとり、の感覚はわからない」

レナ「相手に同じような人いないの?」

舞 「元カレが、、、そうだった」

レナ「薫くん?」

舞 「いや、まあ誰かは言えないけど」

レナ「ああそうか、ごめん。で、その人と付き合っててどんな気持ちになったの?」

舞 「すごく都合のいいことをいうんだけど、いい?」

レナ「いいよ」

舞 「私だけを見てくれないのかなって、思った」

レナ「へえ、そうか」

舞 「都合いいなって思わない?」

レナ「そりゃ思うけど、事前に申告してきたから、ああ都合のいいことを言うんだな、言ってるな、言ったな、って思っただけ」

舞 「そうだね。そう。都合いいんだよ。そんな自分が嫌になるけど・・・」

レナ「けど?」

舞 「みんなのこと、いっぺんに好きになっちゃう気持ちは、多くの人にはわからないからさ。だから、それで苦しんだりするのは、違うと思う・・・んだよね」

レナ「あんま関係ないんじゃない?」

舞 「え?」

レナ「あ、私ケーキ食べよ。すいませーん!」

舞 「関係ないって何が?」


 店員、注文を取りにやってくる。


-ご注文お伺いいたします。

レナ「えーっと、チーズケーキください!舞は?」

舞 「え、じゃあ、あたしは…これ、ズコットください」

ーかしこまりました。

レナ「なにそれ、ズコット。ズコット。何回も言いたい。ズコット」

舞 「おいしいんだよ、フルーツいっぱい入って」

レナ「だからね、あなたが悩んでいることのサイズって、外から見えるものじゃないから、比べちゃダメなんだよ」

舞 「え?」

レナ「他人はもっと悩んでるから、自分のこんなちっぽけな悩みなんて悩みと呼んではならない、みたいなの、正直ダサい」

舞 「そう・・・・・」

レナ「知らないよ、悩みのサイズなんて。悩みについて悩むなよ!」

舞 「わかった、とはならないけど・・・・」

レナ「わかってくれなくていいよ、まだ。わかんないことだらけだもん」

舞 「わからないことだらけ・・・」


店員、ケーキを持ってやってくる。


-お待たせしました。ケーキをお持ちしました。

レナ「わ~い!おいしそう!ほんとだ!舞のいっぱいフルーツ乗ってる!なんだっけ?!」

舞 「ズコット」

レナ「あ、そうだそうだ何回も言ったのに。忘れちゃう」

舞 「レナのわからないことってなに?」

レナ「ん~宇宙の誕生とか」

舞 「あ、そっち?」

レナ「生命の起源とか、ズコットの名前の由来とか」

舞 「それはわたしもわかんないな」

レナ「舞がたくさんのひとと同時に付き合ってることとか」

舞 「ごめん」

レナ「なんであやまるのよ」

舞 「こんなわたしで、ごめん」

レナ「本当に嫌ならそもそも付き合ってないし。わからないって言ってるだけで、ダメだとはいってない」

舞 「わからないことは嫌じゃないの?」

レナ「生命の起源がわからなくて嫌?」

舞 「嫌というか、ふーん、まだわかんないんだーって思う」

レナ「ズコットの名前の由来がわからなくて怒る?」

舞 「いや、気にはなるけどズコットっていうんだーって思う」

レナ「まあ、それとだいたい一緒だよ」

舞 「どういうこと?」

レナ「舞はいろんな人のことを同時に好きになる。そういう事実があるだけ。ふーんって感じ。別に間違いとかないじゃん。好きなんだからしょうがないじゃん」

舞 「しょうがないけど・・・」

レナ「だから私は嫌とかじゃなくて、フーンって思って、舞と付き合ってるし、そういうの関係なく、舞が好き」

舞 「え、」

レナ「あれ?いまさりげなかったね!さりげなく言えるんだ、こういうの、ウケる」

舞 「ありがとう」

レナ「どうしたの?なんかいちいちご丁寧にお礼言ったり謝ったり。元気ないなあ」

舞 「まあね、失恋したから・・・」

レナ「あ、そうだった!忘れてたわ!ごめんごめん!今日は思いっきり食べるか!もう一個行くかこれ!なんだっけ!」

舞 「ズコット」

レナ「そうそう!ズコット!」


(noteより転載 オリジナル:2022年1月11日投稿)

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