タナカさんはバッドラックとダンスっちまった
翌日俺は朝一番でコンビニに行き、スポーツ紙を買った。
前日にプロ野球の試合がなかったのと、その日G1レースがあるということもあって、競馬情報にかなりの紙面が割かれている。
マンションの自室に戻った俺は、スマホの馬券購入アプリと睨めっこしながら、どのレースの、どの馬につぎ込むか、悩みまくっていた。
――仮に当たりが1万円だとして、最低500円は買っとかないと、元が取れない計算か。
――5レースつぎ込むとして、1レースしか当たらないんだから、もうちょっと掛けとかないと、損することになるな。
――しかし、チマチマつぎ込んで稼ぎが少ないのもなあ。
散々悩んだ挙句、俺はG1を含む5レースで、それぞれ本命流しの3連単と3連複に5,000円ずつ、計5万円をつぎ込んだ。
そして結果は。
来たあああ!
G1こそ外したが、最終レース目で3連単的中。
配当が6万で1,000円買ったから、10倍の60万円。馬券代と五右衛門太郎の支払いを差し引いても、50万円の純利益だ。税金かかるかも知れんが、確定申告なんぞ糞くらえだ!
翌日銀行に行って残高を見ると、ちゃんと60万円振り込まれている。
夢じゃなった。
銀行を出ると、五右衛門太郎がニコニコ顔で待ち受けていた。
何でこの人、俺の行き先が分かるんだろう?
「タナカ様。高額馬券的中おめでとうございます。これで弊社の商品の信頼性について、ご理解いただけたかと」
「はい、はい。理解しましたよ。凄いじゃないですか。グッドラック商会」
「ありがとうございます。では早速」
そう言って五右衛門太郎は右手を差し出した。
俺は今下ろしたての現金から5万円を抜き取り、五右衛門太郎に手渡す。
そして調子に乗りまくっていた俺は、遂に<幸運>と言う名の、地獄行列車に乗り込んでしまった。
「五右衛門太郎さんさあ。もっと割のいい商品はないの。10万単位なんてケチなこと言わず、100万とか1,000万とかさあ」
「さようでございますねえ」
そう言って五右衛門太郎は少し考え込んだ後、徐に言った。
「タナカ様は、投資にご興味はおありですか?」
「投資?やったことないなあ。どちらかと言うと、俺はギャンブル専門で」
「さようでございますか。実は、少しリスクは高いのですが、ハイリターンの商品をご用意しております。『1日だけ投資で超高額配当が得られる』という商品でございます」
「投資ねえ。さっきも言ったけど、俺、投資なんてやったことないから。どうやったらいいかも分かんないし」
「その点でしたらご心配に及びません。こんなこともあろうかと、プロを待たせておりますので」
そう言うと五右衛門太郎は、俺の背後に向かって手招きをする。
不審に思って俺が振り向くと、五右衛門太郎と瓜二つの男が立っていた。
男は俺に名刺を差し出しながら言った。
「タナカ様。お初にお目にかかります。私、グッドラック証券渉外担当の、ごえもんたろうくらのすけ、と申します。以後お見知りおきを」
男が差し出した名刺には、『グッドラック証券渉外三課 五右衛門太郎神蔵之介』と書かれている。
「五右衛門太郎さん、と言うと、双子のご兄弟で」
「いえ。蔵之介は、三つ子の弟でございます」
横から神酒乃介が口を挟んだ。
三つ子と聞いた時点で、何となく嫌な予感がした。しかし、その時の俺はスーパーハイテンションだったので、わずかな予感など、すぐに消し飛んでしまった。
「それで、蔵之介さんはどういう」
俺が訊くと、蔵之介は満面の営業スマイルを浮かべて言った。
「私共グッドラック証券では、お客様に成り代わって、各種株式投資の売り買いを行わせていただいております。今回タナカ様は、初めての投資をご検討されているとのことですので、是非とも私にお手伝いをさせて頂きたいと存じます」
「はあ。でも、まだやると決めた訳じゃないんですけど」
「タナカ様のご不安もご尤もです。投資はリスクがリスクを伴うのは、周知の事実でございますので。しかし今回は、兄の会社の商品との併用ということでございますので、決して損はなされないかと」
そう言いながら蔵之介と神酒乃介は、まったく区別のつかない顔を並べ、2人して俺を上目づかいで見上げた。
顔にはお揃いの営業スマイルを浮かべながら。
その圧に負けた俺は、つい言ってしまう。
「じゃあさ。蔵之介さんのところで、確実に大儲けできる株を買ってくれるってことでいいのかな」
「そのご理解で間違いございません」
蔵之介は即答した。
「じゃあ、試しにやってみてもいいけど。神酒乃介さんところの商品、何だっけ?」
「『1日だけ投資で超高額配当が得られる』でございます」
こちらからも即答が返って来た。
「それっていくらなの?」
「は、こちらの商品は少し値が張りまして。500万円となっております」
「ご、500万!無理無理。そんな金ないって」
「ご心配なく。こちらも後払いとなっておりますので、蔵之介がその対価に見合う儲けを、必ず確保させていただきます」
「確保って、どれくらい」
「さようでございますね。少なく見積もっても2,000万円ほどの利益は見込めますかと」
「2,000万!」
蔵之介の言葉に、俺は瞬間的に舞い上がってしまった。
「ぜ、ぜひお願いします」
最早、後先考える冷静さなど、アンドロメダ星雲まで吹っ飛んでいる。
「ありがとうございます。それでは、『1日だけ投資で超高額配当が得られる』幸運をお買い上げということで、承知いたしました。後は蔵之介と投資のご相談を」
そう言って神酒乃介は、隣の蔵之介に話を譲った。
「それではタナカ様。早速お手続きに入りたいと存じます。これからタナカ様の大切なお金を預からせていただきますので、こちらの説明文をご一読いただき、ご納得いただけましたら、最後にご署名をお願いいたします」
そう言いながら、蔵之介はタブレットとタッチペンを差し出した。
タブレットの画面には長々と色んな事が書かれていたが、俺は基本的に長々とした文章を読むと突然別世界にトリップしてしまう体質なのだ。なので、ざっくりスクロールして、タッチペンで署名する。所要時間18秒(きっちり計ったわけではないが、感覚的に)。
「ありがとうございます」
深々と腰を曲げてお礼を述べた蔵之介は、タブレットを操作して、ハンディプリンターから長々と紙を打ち出した。
「こちら同意書のコピーでございます。では投資の元手としまして、50万円頂戴させて頂きます」
「50万?後払いじゃなの?」
俺は驚いて訊き返す。何だか嵌められたような。
「タナカ様。後払いは弊社の『1日だけ投資で超高額配当が得られる』幸運の代金でございまして、投資の場合はやはり元手となる資金が必要かと」
神酒乃介が横から口を挟んだ。
そんなものかと思った俺は、先程競馬で稼いだ50万を蔵之介に差し出した。
「ありがとうございます。こちら領収書でございます」
蔵之介は、いつの間に用意したのか、額面50万円の領収書を満面の笑みと共に俺に手渡しながら言った。
「それではあまり時間もございませんので、早速社に戻って、明日1日の取引の段取りを開始させていただきます。どうぞご期待下さい」
最後に2人揃って満面の営業スマイルを浮かべると、五右衛門太郎兄弟は去って行った。
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