グッドラック商会
六散人
タナカさんはバッドラックとダンスっちまった
「私、グッドラック商会の、ごえもんたろうみきのすけと申します。お初にお目にかかります」
そう言って男は、丁寧に名刺を差し出した。受け取った名刺には確かに『グッドラック商会営業一課主任 五右衛門太郎神酒乃介』と書かれている。本名なのだろうか。だとしたら、どこまでが名字で、どこからが名前なのだろう。
俺が怪訝な顔をしていると、そのスーツ姿の平凡な顔をした男は言った。
「タナカ様でいらっしゃいますね。お初にお目にかかります」
「はあ」
何でこいつは俺のことを知っているのだろうと思いながら、生返事をすると、男は満面の笑みを浮かべて続けた。
「私共の会社では、幸運を販売しております」
「幸運?」
胡散臭いにも程があると思いながら俺は言った。そう言えば、似たようなシチュエーションの有名な漫画があったな。確か「〇う〇-ルスマン」。
あれのパクリか?
そう思っている俺に向かって男は続ける。
「さようでございます。今タナカ様は、私のことを胡散臭いとお思いになったかと存じますが、それも仕方がございません。しかし弊社でお届けしております商品は、間違いなくお客様にご満足いただけるものを取り揃えている次第でございます」
「例えば、どんな幸運なの?」
その営業トークに、俺はつい乗ってしまった。
「さようでございますね。タナカ様は今半信半疑でいらっしゃるようですので、お手頃な商品からご紹介させていただきます。『1時間パチンコで、大当たりが出る確率が、限りなく上昇する』という商品がございますが、いかがでしょう?価格は1万円でございます」
「パチンコの大当たり確率が上昇する?マジで?」
実は俺は、大のギャンブル党なのだ。
「さようでございます。この商品をお買い上げいただきましたら、パチンコの大当たり確率が、1時間に限り確実に上昇いたします。いかがでございましょうか?」
「そんなことあり得るの?正直詐欺っぽいんだけど」
「お疑いはご尤もです。ですので、私共の商品はすべて後払いとなっております。それでいかがでしょうか?」
「買った」
俺は思わず叫んでいた。
後払いなら何とでもなると思ったからだ。
確かあの有名なキャラの常套文句は、「いいえ。決してお代は頂きません」だったか。
「ありがとうございます。では、『1時間パチンコで、大当たりが出る確率が、限りなく上昇する』幸運をお買い上げということで、よろしくお願いいたします。商品の有効期限は2週間となっておりますので、お間違いのないよう」
そう言って満面の笑顔を浮かべると、五右衛門太郎神酒乃介(ごえもんたろうみきのすけ)と名乗る男は去って行った。
俺は早速馴染みのパチンコ店に向かう。最近負けが込んでいるので、取り返してくれようと、やる気満々である。
得意の<海物語>の台に座った。
出だし順調。
スロット3回目で確変リーチが来た。
俺は興奮する。
すると。
来たあああ!
アシカ?の親子勢ぞろい!
スリーセヴンじゃああ!
そこから暫く確変が続く。
俺の座った台の脇には、どんどん満杯の球が入った箱が積み上げられ、周囲からの羨望の眼差しが痛いほどだ。
――まじ、すごいじゃん。グッドラック商会。
おれは調子に乗って打ち続けた。
3時間後――結果は惨敗。
最初の頃に積み上げた箱は殆ど回収されてしまった。
周囲からの憐みの視線が痛い。
結局手元に残ったのは1万1,000円。
最初につぎ込んだ1,000円を差し引くと、勝金はちょうど1万円だった。
――まあ、負けなかったからいいか。
そう思いながら景品交換所を後にしてしばらく歩くと、満面の笑顔を浮かべた五右衛門太郎神酒乃介(ごえもんたろうみきのすけ)が立っていた。
「タナカ様。いかがでございましたでしょうか?」
問いかける五右衛門太郎神酒乃介に俺は答える。
「駄目だよ。最初は調子よかったけど、後は全然だった」
「それは残念でございますね。私共のリサーチでは、既定の1時間以内には5万円の儲けがあったと出ておりますが」
「えっ、そうなの?そうかあ。最初にガンガン出たから、調子乗っちゃたんだよね」
「残念でございましたね。では料金の1万円を頂戴できますでしょうか」
「え、ああ、料金取るのね?」
「ええ、『1時間パチンコで、大当たりが出る確率が、限りなく上昇する』幸運は、間違いなくタナカ様の元を訪れたと存じますので、お支払いの程、宜しくお願い申し上げます」
そう言って五右衛門太郎神酒乃介は丁寧にお辞儀をしながら、右手を差し出した。
仕方なく俺は、景品交換したばかりの1万円を、彼の手の平に乗せた。
「毎度ありがとうございます」
五右衛門太郎神酒乃介は、特徴のない顔に営業スマイルを浮かべて礼を言う。
「ところでさ。えーと、五右衛門太郎さんでよかったんだっけ?」
「はい、さようでございます」
「ああ、そう。五右衛門太郎さんさあ。他に何かもっと良さそうな商品ってないの?」
その時俺は、既に<幸運>という名の地獄行特急の乗降ステップに、片足を乗せてしまっていることに気づいていなかった。
「もっと良い商品でございますか?勿論ご用意させていただいておりますよ」
「どんなのがあるの?」
「さようでございますねえ。タナカ様は競馬もお好きと伺っておりますが、『5レース以内に高配当馬券が一度だけ当たる』という商品はいかがでしょうか?」
「高額配当って、どれくらいなの?」
「それはタナカ様の張り方によります」
「値段は?」
「5万円でございます」
その値段を聞いて、俺は少し考え込んだ。
万馬券が当たった場合でも、下手をすると足が出る可能性があったからだ。
しかし<高額配当>という言葉の魅力には勝てなかった。
「じゃあ、それ買おうかな。後払いでよかったんだよね?」
「はい、勿論でございます。では、『5レース以内に高配当馬券が一度だけ当たる』幸運お買い上げということで、毎度ありがとうございます。商品の有効期限は1週間以内となっておりますので、お気を付け下さいませ」
「五右衛門太郎さん、ちなみにさあ。もし料金を払えない場合って、どうなるの?」
俺が何気なく訊くと、五右衛門太郎は営業スマイルをすっと引っ込めた。
「タナカ様のことは信頼申し上げておりますので、そのようなことは万が一にも起こらないと存じますが、万が一」
「万が一?」
「万が一そのような事態になりました場合は、大変申し訳ありませんが、負債額に相当する<不運>を差し上げることにあいなります」
笑顔の消えた五右衛門太郎の顔は、とても邪悪そうに見えた。
俺は少しビビってしまい、
「今買ったのって、取り消し聞かないんだよね?」
と確認する。
すると五右衛門太郎は、元の営業スマイルに戻って言った。
「大変申し訳ありませんが、一度ご購入いただいた商品のご返品は、お受けし兼ねますのでご了承下さい」
「ああ、やっぱり。それじゃあ、俺も頑張らないとね。じゃあね」
そう言って俺は、その場をそそくさと離れる。
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