第3話

 帰り道。

 ︎︎わたしと先輩は一緒に帰る。途中まで同じ道なので、一緒に帰ることは珍しくなかった。

 ︎︎いつもは嬉しいはずの帰り道が今日は足取りが重かった。

 ︎︎ぐるぐる嫌なことばかりを考えて、言葉が出てこない。普段先輩とどんな話をしてたんだっけ?

 ︎︎いつもわたしばかりが話していたから、黙ってしまうと無言が続く。

 ︎︎先輩はそんなわたしを見て心配そうにこちらを見た。

「凪に何か言われた?」

「いえ」

「凪ってこっちのことお構い無しにグイグイくるタイプだから、変なこと言ってたらごめんね」

「……大丈夫です」

「悪いやつではないんだけどね」

 ︎︎凪先輩の話をする時の口調は柔らかく、いつもよりも心做しか声が明るいように思う。

「先輩は凪先輩の話ばかりするんですね」

 ︎︎先輩は何か言いかけて、口を閉ざす。

 ︎︎再び沈黙が訪れた。

 ︎︎……やってしまった。最悪だ。本当に最悪だ。こんなこと言うつもりなかったのに。

 ︎︎自己嫌悪に陥る。

 信じたいのに信じられなくて。 疑ってしまう自分が嫌で。たった一言、好きって言ってくれたなら、この不安はなくなってくれるのに。

 片想いのだったときよりも苦しいよ。

「先輩はわたしのこと好きじゃないんですか」

「どうして……」

 先輩の表情が初めて大きく揺らい瞬間を見た。

「だって一度も好きって言ってくれたことないじゃないですか!!」

 ︎︎積もり積もった不安は大きくなって、いつの間にか自分では制御出来なくなっていた。

「それは……」

 先輩の言葉は続かない。逆にわたしの言葉はどんどん続いていく。溢れ出した感情は止まらない。

「わたしばかりが好きなんじゃないかって不安で!! 付き合ってるのに辛くて!!」

 止まれ。止まれ、違う、こんなこと言いたかったんじゃない。

「ごめん……」

 先輩は沈んだ表情で謝る。

 ……ああ、嫌われた。せっかく付き合えたのに。一緒にいられるだけで幸せなのに。絶対めんどくさいな、って思われた。

陽咲ひさき

 ︎︎先輩に名前を呼ばれてビクリと体を震わせる。別れ話かもしれない。そう思うと逃げ出したくてたまらない。でもわたしの足は動いてくれなかった。

「……好きだよ」

 ︎︎先輩はそう言った。はっきりと聞こえた。聞き間違えるはずがない。嬉しくて、でも同時に苦しい。

 先輩の優しさが辛かった。

「先輩は優しいですね……違うんです。無理やり『好き』って言わせたかったんじゃないんです……こんなはずじゃなかった!」

「違う、無理やりなんかじゃない。これは私が言いたいから言ってるの。陽咲、聞いて」

 そして普段の先輩では想像出来ないくらいの大きな声で言った。

「好き!大好き!! 私は陽咲ひさきのことが好きだ!!」

 ︎︎先輩は顔を真っ赤にして一生懸命に言葉を伝える。感情を込めるように必死に。

「伝わらないなら伝わるまで言うから。陽咲、好きだよ」

「先輩……」

 こんな必死になってる先輩見たことがない。だから先輩の気持ちは本物なんだって伝わる。

「陽咲のこと本当に好きなんだ……君が告白してくる前から好きだった。でも私は告白する勇気がなかったんだ」

「え?」

 ︎︎それは初めて聞く話だった。ずっとわたしの片想いだと思っていたから。

「私、本当は臆病でかっこ悪いんだよ。陽咲の前ではかっこいい先輩でいようって。好きって言いたいけど、恥ずかしくて言えなかった。平静を保てる自信がなかったし、そしたらかっこいい先輩でいられなくなってしまうから」

 ︎︎驚いて何も言えずにいる私に先輩は言葉を続ける。

「陽咲、いつも私のことかっこいいって言ってたでしょ? だから幻滅されないようにかっこいい先輩でいようってそんなことばっかり必死で、陽咲のことちゃんと見れてなかった。……ごめん」

 先輩は顔を覆ってしゃがみこむ。

「はぁ……ほんとかっこわる……」

 ここまで近づくと先輩の顔が耳まで真っ赤になっていることに気づく。

「先輩、顔を見せてください」

「やだ……恥ずかしい」

「見たいです。だめ……ですか?」

「……そんな言い方ずるい」

 ︎︎先輩は覆う手の隙間から、上目遣いでそう言ってる。ずるいのは先輩の方だ。

 ︎︎先輩があまりにも可愛くて胸がきゅ〜ってなる。

「わたしは先輩のかっこいいところが好きです」

「そうだよね……」

 から回っていたのはわたしも先輩も一緒だ。だけどかっこ悪いなんて思わない。

 わたしの好きな先輩には変わりない。だから――

「でも先輩のかわいいところも好きです。幻滅どころか好きなところが増えちゃいました」

「嫌いになったりしない?」

「それはわたしのセリフですよ。嫌なところ見せちゃいましたし……嫌われちゃったかと」

「嫌いになんてならないよ! それに陽咲が嫉妬してくれてこんなにも想われてるんだって知れて嬉しい」

 わたしと先輩は顔を見合わせ笑った。

 最初から話してれば良かったのに変な意地張って、遠回りしてしまった。

「陽咲……」

 先輩はキョロキョロと目をさ迷わせ、口をパクパクさせている。何か言おうとしてるけど、迷っているようだった。

 こんなに挙動不審な先輩は今まで見たことがなかった。いつもクールで冷静な先輩はそこにはいなかった。

 やがて先輩は決心したのか口を開く。

「その、キスしたい」

 先輩は顔を赤らめていっぱいいっぱいになってるようで早口で続ける。

「こういうことちゃんと言わないといけないと思って! でも嫌なら言ってほしい!!」

「嫌なわけないです。わたしもキスしたいです!」

「そっか……じゃあしていい?」

 わたしはコクリと頷く。

 先輩の手がわたしの頬に触れた。手が震えていた。先輩が緊張してるのが伝わって、わたしも緊張してくる。

 今までよりも近い距離に先輩の顔があり、心臓がバクバクとうるさい。

「照れてる先輩、かわいいです」

「かわいくない、よ……」

「かわいい」

「っ〜〜」

「もっとかわいいところ見せてください」

「陽咲……」

「先輩、好きです」

「私も好きだよ、陽咲」

 ︎︎ずっと聞きたかった言葉。ようやく聞けて、胸がいっぱいになる。不安で押しつぶされそうだった心が、先輩の好きで満たされる。

 わたし達はお互いの"好き"を伝えるように、口づけを交わした。

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