第8話 

「おい……おっさん、逃げるぞ……」

 ゴブリンチャンピオンを見た瞬間、イラーリは彼らを見ながら後ずさった。

「何を言っている。眼の前で人が襲われているんだぞ……」

 アーノルドは息を殺しながら、それでも感情のままに言った。

 「あれはゴブリンチャンピオンだ。ゴブリンの変異種。異常発達した筋肉とそれに見合った体格を持つ危険なやつだ。それにあれを見ろ……」

 イラーリはゴブリンチャンピオンの近くを指差す。そこには装飾のついた鉄製の斧が立てかけられていた。

「あれは戦闘用の斧だ……ゴブリンにあんなもの作れるわけねぇ……他の冒険者を殺して奪った証拠だ……ゴブリンチャンピオンの筋肉は大人3人がかりでも引けを取らねえほど強え……そんなやつに武器まで持たれている。もうこれはFやEランク相当のクエストじゃねえ……Dランクの難易度はある……だから……」

「あがぁぁぁ!!!」

その言葉と共にゴブリンは女に刃物を突き立てていた。その傷は致命傷には成らずとも言語に出来ない叫びとなって2人に響いた。

「ああっ!クソ!オレもバカだぜ!おっさんは逃げろ!オレが帰らなかったらチャンピオンが出たってギルドに言え!」 

 イラーリはショートソードを突き立てる様に構えるとゴブリンたちに向かって走り出し、一番近いゴブリンの背中に突き立てた。

 「ぐぎゃぁ!」

 刺されたゴブリンは奇襲に叫び声を上げ、そのまま絶命する。

 しかし、他のゴブリンたちはエサが2匹に増えたと喜ぶ様に歓喜の鳴き声を上げた。

「そこの女!助けにきたぜ!だから隙を見てガムシャラに逃げろ!」

 アーノルドはその言葉を黙って聞いていた。

 そして、彼は自身の人生を思い出す。

 手柄欲しさに後輩を犠牲に戦果を上げ、報奨を貰った先輩。

 己の保身の為に部下を犠牲にした上官。

 大を活かせる為に小を犠牲にすると決めた指揮官。

 他者の命を握った時、大抵の人物は冷酷になる。その死が自身でないという安堵。

 そして、その死によってもたらされる利益。人は意外にも無慈悲だという事を彼は人生から知っていた。

 だが、目の前の少女は後悔に締め付けられながら泣きながら生きる事よりも、罪悪感を忘れて、楽しく生きる事よりも、ただ一片の希望に賭けて飛び出して行ったのだ。

 (頭で逃げないといけないとわかっていても、飛び出したのか……昔の俺みたいだ……)

  アーノルドは息を吸い、一回の踏み込みで距離を詰める。

「イラーリ!俺もやる!」

 イラーリはその言葉を耳にして、振り向くと「バカいうな!死ぬぞ!おっさ……」と言おうとしたが、その光景に目を丸くした。

 閃光の一線

まるで光が一瞬、通ったかの如く、その剣筋は早く、鋭く、そして繊細だった。

 そして、ゴブリンは叫び声を上げる間もなく絶命する。

 普通であればそこで奇襲は終わる。

 しかし、イラーリはアーノルドがそのゴブリンを切ったと知覚した瞬間、他のゴブリンに距離を詰めている。

 そして、絶命していたゴブリンが一足遅れて、その身体が真っ二つに切れていた。

 「おっさん……何者だよ……」

 イラーリはその尋常ではない強さに戦いの最中にも関わらず、見惚れていた。

 

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