第7話
深淵へと続いている洞窟。
アーノルドはその肌でその纏わりつく湿度を……その呼吸で寒さを感じでいた。
アーノルドは昔を思い出す。
撤退戦の時、近場の洞窟に不快な泥にまみれて隠れ、息を殺し、身体がふやけるまで動かず、虫が血を啜り、肉を齧ろうとも死人の如く夜を明かしたこと。
嫌な思い出に浸っていると、イラーリは「こういう岩は滑りやすいから気をつけるんだぜ」と小声ながら笑顔で教えてくれている。
そして幾ばくか進んでいくとイラーリは先程までの柔和な表情を変え、真剣な眼差しでアーノルドに口を開いた。
「ちょっとおかしいかもしらねえ……」
「ん?どういうことだ?」
「けっこう奥まで来たのに何もねえんだ……ゴブリンだって外に出て獲物を狩る。だから巣に置いてある便利な物、必要な物は入口付近に隠すんだが……それがない」
「いないってことか?」
「いや、絶対にいる。外に生活の痕跡があった。おそらくだが頭のキレるやつがいる。どこまで考えているかわからねえが、巣の群れの数を誤魔化しているんだ」
「つまり、群れの数を勘違いしたカモを釣っているってことか……」
「ああ……立ち止まっているのに仕掛けて来ない所を見るにまだ気づかれてないと思うが……」
そうイラーリが言った中、アーノルドは微かに「いやっ!いやっ!」と女の声が奥からしたのが聞こえた。
「静かに……」
イラーリも呼吸を止め、耳を澄ませる。
「おっさん……人の声だ。急ぐぞ」
イラーリとアーノルドは洞窟を影の様に音もなく駆ける。
(このおっさん、何者だ?初めてにしては冷静だし、この滑りやすい洞窟内、多少冒険に慣れたオレに着いてきている。いや……むしろ早くないか?)
イラーリはこころに過ぎった疑問を振り払う
(いや、今は状況確認が優先だ!嫌な予感があってれば……)
そう思った瞬間、その予感は的中した。
「いや!痛い!やめて!」
まだ18ぐらいの女だろうか、服は破け、泥と血で汚れている。
そして、その純白であったろう清らかな肌には無数の傷跡が痛々しくできていた。
「グギャぁ!グギャぁ!」
「ごびゅ!ごびゅ!」
「びゅるぴょお!」
緑色の肌をした矮躯な化け物が女に群がっている。その手には骨を割って出来た刃物のようなものを持っていた。
そして、その刃物で女を斬りつけると
「ぎゅぴぴー」と喜ぶような声をあげた。
まるで人間の子供が遊ぶかのように。
アーノルドとイラーリは近場の影に隠れて、目を凝らす。
女が絶え間なく、叫んでいるせいで、洞窟内は反響し、ゴブリンたちは彼らに気づいてはいなかった。
「……あれはもしかして繁殖しようとしているのか?」
アーノルドは尋ねた。
「いや、ゴブリンが女を攫って孕ませるってのは迷信だ。だか、あながち嘘ってわけでもねえ。あいつらは弱い獲物を持ち帰ると子供に獲物を捕らえさせる訓練をさせる。そこから、そういう迷信が産まれた。ってみろ……」
イラーリが指を指した先にはゴブリンとは思えないほど、腹を膨らませた大柄のゴブリンがいた。影だけみるなら太った大人の男性ほどの体格だが、その顔つきは醜く歪み、人とは思えない牙を生やしているのがゴブリンであると見て取れた。
「ホブゴブリンだ……ゴブリンの変異種、大人の男ぐらいの強さはある……それが3匹……っておいおい」
イラーリは目を丸くして後ずさった。
アーノルドもその巨大なゴブリンに目を見張る。
赤い皮膚に頭ほどありそうな上半二頭筋、ひ弱でやせ細った体格のゴブリンや肥えて腹を膨らませたホブゴブリンとは圧倒的に異なる異常に発達した筋肉。
「ゴブリンチャンピオンだ……」
その言葉と共にイラーリの顔から血の気は引いていっていた。
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