第2話
「あー、暇だ……」
アーノルドはベットの上で生やした無精ひげを摩り、天井を見る。
外からの光が目に差し込み、眩しさで起き上がって背を向けた。
退職してから一か月、毎日変わりない日々、朝になると町を走り、身体を鍛え、家の掃除をし、買い物をし、料理をし、最後に水を浴びて寝る日々。
はじめは自身の休日と同じ日々に喜んでいたが、一か月も続くと彼は飽きていた。
(今思えば、趣味もない。子もいなければ、彼女も妻もいない。仕事……戦いの日々で友人も少ない。俺ってトコトン仕事人間だったんだな……
まるで空っぽだ。なんのために生きていたのか)
彼は人生を振り返る。幼少の頃から力だけは強く。まわりの人より体格が良かった。しかし、飢饉が訪れた時に親に長男ではないという事で兵士として国に奉公に出されてしまった。
それからあれよあれよと戦いの日々、彼の人生は戦いしかなかった。
(いかん、いかん。昔の事を思い出すな。今は平和なんだ。過去は過去。悪い記憶は忘れた方がいい)
「散歩にでもいくか」
アーノルドは外着のシャツに着替え、町を歩く。
土壁の家はどこも新しく、戦争の爪痕はどこにも残っていなかった。
そして、その記憶を知らない子供たちが遊びまわっている。
「あんまり遠くに行っちゃだめよ!それに町の外に出だらだめだからね。最近、ゴブリンが出て来てるらしいから!」
「わかってるよママ!」
そんな会話がアーノルドの耳に入る。
(平和だ。俺の人生は無駄じゃなかったとしっかり感じれる)
「あでっ!」
「?」
アーノルドは声をした方を見ると先ほどの子供が倒れ込んでいた。
体格のいい悪そうな男にぶつかったようだ。
その男たちは4人組。ぶつかったのは、その中でも中心人物のようだった。
「おい、なんだこのガキャぁ!」
「ご、ごめんなさい!この子ったらよそ見して……」
「ごめんなさい……」
子供とその母親は頭を上げて謝った。
「何してくれるんだこのガキ!俺の大事な防具が汚れたじゃねえか」
「あーあ、この人はC級冒険者のザーコンさんだぞ。その防具なんて、いい値段するんだぞ。わかってるのか?あ?こんなに汚れちまったら新品にしねえとなあ」
「ってか、そこの奥さん、なかなかの美人っすね。金がなかったら……」
(なんだ、こいつら……冒険者か……)
冒険者、冒険者ギルドを介して、モンスターや国が対処しきれない盗賊などを相手にするフリーの傭兵たち。
たしか、そんな職業だったとアーノルドは思い出す。
その冒険者たちが子供の母親の手首を掴んで、引っ張った。
「きゃっ!す、すみません。そういう事でしたら、防具は私が掃除しますから……」
「これはレッサーリザードの皮で作った防具だぞ。素人が手入れ出来る代物じゃねえんだよ。だから、そういうのは別にいいからよお……」
(いかん、憲兵を呼ばねば……いやそんな時間はない……止めよう……)
「おい、そこの男たち、いい大人が……ガフっ!」
アーノルドは声をかけようとすると顔面に冒険者の拳が叩きこまれた。そして後ろに吹き飛び倒れ込んだ。
「なんだこのオッサン、俺たちはこれからいい事をするんだよ!」
「へへへっ」
(ああ、老いたな……俺も、昔だったら倒れなかった……はずだ。はあ……やれるか?いや、やるしかねえよなぁ……)
アーノルドは立ち上がり、切れた口からでた血を吐き出すと首を回して拳を握る。
「なんだこのオッサン。この人はC級……ゲフっ!」
アーノルドは男の腹に拳を叩き込み、一撃で気絶に追い込む。
「おい、何やってるんだ。ヨーワ。そんなオッサンのパンチで……」
アーノルドはステップで一気に距離を詰めて裏拳で顎を揺らし、ふら付いたところに膝蹴りで追い込む。
「ごふう……」
「てめえ!俺の仲間を!」
ザーコンと呼ばれた冒険者は怒りに震え、剣を抜く。
しかし、その剣が降られる前にアーノルドは距離を詰める。
「はっ、鎧越しに拳が効くか……けぼおおおおおおお」
アーノルドは鎧越しから拳を叩き込み、ザーコンを吹き飛ばした。
そしてザーコンは起き上がることなく、倒れこんだ。
(くそ痛い。鎧越しに殴りつけるとかやるものじゃねえな)
「お、オジサン大丈夫?」
「ああ、ちょっと擦れただけだ」
アーノルドは子供の頭を撫でる。
「憲兵を呼んで事情を説明したらいい。俺の名前はアーノルドだ。何かあっても俺は無職だから融通は聞く。じゃあ、俺は行くから……」
「オジサン!ありがとう!」
「!……これに懲りたら気をつけて遊ぶんだぞ」
アーノルドはその言葉に気分が上がる。
(『ありがとう』か……人から感謝されるなんて久しぶりだ……)
「うん、でもオジサン、この人たちを憲兵に突き出すのはやめてね……」
「?どうしてだ?こんな事をしたら普通は憲兵に突き出すものだ」
「でも、この人たちは冒険者なんだよ。強い冒険者は今、少ないんだ……C級なんてあまりいないし……捕まって辞めちゃったらギルドのお姉ちゃんが困っちゃう……」
「なら、オジサンが冒険者になってやる。ならいいかい?」
「本当!?」
子供はキラキラした目でアーノルドの目を見た。
「こら、困らせるんじゃありません!」
「いや、いいんです。じゃあね……」
そう言ってアーノルドは去っていった。
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