第2話 ギャルが来た!
ヤンキー巻き込まれ事件から次の日の週末――外は小雨が降っていた。
事前に炭酸とお菓子を備えておいて正解だったようだ。
まぁ、基本インドアな性格なので雨が降ろうが槍が降ろうが家にいるので天気は関係ないが……。
「てか、やっぱり神ゲーだわ。これに星一付けてるやつどうかしてるだろ」
週末の真昼間、そんな愚痴を呟きながら新作のゲームをプレイしていると、ピンポーンと訪問者を告げるチャイムが部屋に鳴り響いた。
(何か頼んでたっけ?)
俺の家に来るような友達はほとんどいないし当たり前だが、彼女もいない。
この日のために事前にお菓子と炭酸飲料を購入済みなので抜かりはないはずだが、ふと思い出してスマホを開く。
『可愛い悠馬へ♡野菜送っといたからちゃんと食べるんだよ。あと、彼女出来たらちゃんと知らせること! いいわね!』
親バカ丸出しのメッセージが来ていたのをすっかり忘れていた。
返すのがめんどくさいので基本既読無視を貫いているが、受け取ったらちゃんとお礼は言っておこう。
そんなことを考えながらガチャリと玄関の扉を開けると、そこには、予想だにしない人物が立っていた。
「……こんにちは」
「えっ……」
訪問者の顔を見て、反射的に扉を閉じてしまう。
俺の見間違いじゃなければ霧切さんが立っていたような気がするんだが、恐らく気のせいだろう。
もしかしたら、ゲームのやりすぎで幻覚を見ているに違いない。絶対そうだ。
それに、俺の家に霧切さんが来るはずがない。
もしかしたら隣に引っ越してきた霧切さん似の女性の可能性もある。うん、そうに違いない。
そう自分の中で思いつつも、引っ越し主だと失礼なので、意を決してもう一度確認する。
しかしそれは幻覚でも見間違いでもなく、鋭い目つきで霧切さんがそこに立っていた。上は黒いパーカー、下はジーンズに身を包んでおり、とてもカジュアルなスタイルだ。さすが、元々スタイル抜群なのも相まって、とても似合っている。多分何を着てもこの人は上手に着こなすだろう。
「なんで締めんの? ひどくない?」
「あっ、いや……すまん。幻覚かと思って……」
「幻覚? なにいってんの?」
もちろん霧切さんが家に来る約束など交わした覚えはないんだが、というか今後一切ないと思っていた。
「わざわざ俺の家まで何しにきたんだ……」
「まぁ、なんとなく……」
なんとなくで俺の家に来るのはどう考えてもおかしいが、外は激しい雨と共に強い風が吹きつけており、霧切さんの身体はびしょぬれに濡れてブルブルと身体を震わせていた。
「傘は?」
「途中で土砂降りにあったから、持ってない」
「と、とりあえず家入れよ。傘とタオル貸してやる」
別に下心があったわけじゃない。雨に濡れて震えている女性を外に放置できるほどクズではないし、用件を聞いたら傘を貸してとっとと帰ってもらおうと思った。
それに、ずっと外で話していたら風邪をひく恐れもある。
「何もしない?」
「当たりめーだろ……」
両手で胸元を隠しながら最大限の警戒をする霧切さん。
もちろん俺にはそんな勇気はありません。
「それじゃあ。遠慮なく……」
いつものクールな彼女とは裏腹に少し遠慮気味な彼女のそのセリフが少し新鮮だった。
家の中まで上げるのはどうかと思ったので、とりあえず玄関まで霧切さんを入れる。
「ほれっ」
「あんがと」
タオルを受け取った霧切さんは綺麗な黒髪に付いた水滴を吸い取っていく。雨に濡れてもその髪の毛の艶は失われておらず、逆に濡れることによって美しさが増していた。
「何見てんの?」
「いや、なんでもない……」
至近距離でクラスの人気者である女子と対峙することなんかないので、まじまじと見つめてしまっていた。
変態と勘違いされるのは大変困るので、 無理やり話題を変えたほうがいいだろう。
「なぁ、霧切さんはどうして俺の家に?」
「はいこれ、昨日のお礼…………」
霧切さんが頬を染めながら可愛らしいピンク色の袋を強引に手渡してきた。
袋の中からいい匂いがする。これはクッキーか?
「お礼なんていいって、別に俺は何もしてないんだから」
「でも、あんた助けてくれたじゃん。ほとんど意味なかったけど」
後半の部分はとても胸に来るものがあった。
でも意外だった。わざわざお礼をするために俺の家までこんなにクッキーを届けてくれるとは思いもしなかった。
「あぁ、そうかよ。余計なお世話で悪かったな」
「でも、嬉しかった。あんがと」
「えっ? あ、お、おう」
ちょっと素っ気なく返してしまったことに後悔する。急にツンツンしたり素直になったりおかしなやつだ。
「ん? あれ、ゲーム?」
背後のテレビモニターに映っているゲームの画面を見て、霧切さんがボソッと呟いた。
「あぁ、最近買ったんだ。面白いぜ」
「ふ~ん。なんてゲーム?」
こういうのには縁がないと思っていたが、霧切さんもこういうのにも興味があるらしい。
「フィニッシュファンタジーだよ。新作のRPG」
「あーるぴーじー? なにそれ」
頭にはてなマークを浮かべながら小首を傾げる霧切さん。
恐らく初めて聞いた単語なんだろう。まぁゲームに縁がない人からしたら訳が分からないのも無理はない。
「っていうか、部屋きたな。どうやったらこんなに散らかるの?」
霧切さんは床に散らばっている雑誌と漫画を見て冷たい視線を向けながら呟く。
あんまりジロジロ見ないでほしいんだが……。
「別にいいだろ。男の一人暮らしなんてこんなもんだ」
「男だからとか関係ないから、靴下脱ぎっぱなしでだらしない。それに、洗い物も置きっぱなしじゃん……」
(お前は俺のお母さんかよ……)
俺は心の中でツッコミをいれる。
「とりまそんだけだから……帰るけど……その……」
すると霧切さんはその場で何か言たげな様子でモジモジし始めた。
「連絡先教えてよ。タオルと傘いつ返しにいったらいいか分かんないし」
「えっ?」
予想してなかった言葉に一瞬固る。
俺の知っている霧切さんはクラスの男子生徒と連絡を交換するような人ではないはずだが……。
「別にいいよ連絡なんて聞かなくても。傘ぐらいまた買えばいいし、あげるよ」
「またウチに恩を返させるつもり?」
「いやそういうわけじゃねーよ」
鋭い視線が俺に向けられる。
「ほらっ、はやく」
「はぁ、分かったよ……」
霧切さんの圧に押され、スマホの画面にQRコードを表示させる。
まぁ、ここは深く考えるのはやめよう。ここで断るのも締りが悪いし、よく考えたら断る理由がそもそもない。
それに、傘の貸し借りが終わればメッセージも交わすことはないだろう。
霧切さんは俺が表示させたQRコードを読み取り、無事、連絡先を交換。
「タオルもあんがと……」
「お、おう」
「じゃあね。木下、また明日」
優しい笑顔を浮かべてそう言い放ち、霧切さんは小降りの雨の中へと消えていった。
初めて見る霧切さんの笑顔。そして一番の驚きは俺の名前を呼んだことだ。どういう心境の変化か、珍しいこともあるもんだ。
「どれどれ?」
そう思いながらクッキーが入ったピンク色の包みを開ける。
そこには可愛らしい熊型とウサギ型のクッキーが六つ程入れられていた。
「可愛いかよ……」
クールで可愛いものに興味を示さなそうな霧切さんが鼻歌を歌いながらクッキーを作っている様を想像すると自然と笑みが零れた。
俺はクスリと笑いながらクッキーを口へと運ぶ。
甘さは控えめではあったが満足感のある味。そしてこの歯ごたえのあるサクサク感。
(めちゃくちゃ美味い!)
人生で一度も女子からお菓子を貰ったことがなかったので、ちょっと嬉しかったりする。
それにしても、お菓子作りも簡単にこなせてしまう霧切さん、とてもスペックが高いようだ。
俺はしばらくの間、クッキーの甘さを堪能しながら、再びゲームの世界へと戻っていった。
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