第1章 ~出会い~

第1話 霧切美鈴との出会い

晴れ渡る空の下、俺は高ぶるテンションを抑えながら一人、下校していた。


「今日も疲れたなぁ~。早く帰ってゲームしよっと」


 スクウ〇ア四年ぶりの新作RPGとなっちゃやらない選択肢はない。それに、明日は週末。学校もないし朝までコース待ったなしだ。

 もちろんお菓子と炭酸も準備万端。帰れば最高のゲームライフが俺を待っている。

 俺の家は学校から徒歩十分程歩いたところにあるアパートに住んでいる。

 七畳で家賃三万円という破格の安さ。最初はいわくつきかと疑ったが母が一生懸命探してくれた物件でもあったため迷うことなく住むことに決めた。


「あれ?」


 そのボロアパートの目の前に一人の女性が立っていた。

 艶やかなロングの黒髪に細い足、そして見えるか見えないかぎりぎりを攻めているミニスカ姿の女性だった。

 間違いない。あれは同じクラスの霧切美鈴さんだ。独特のオーラを保っているためよく目立つ。

 何してるんだろう……。


「ねぇねぇ逃げることないじゃーん!」

「可愛いお姉ちゃん! 俺たちと一緒にあそぼーぜー!」


 だが、そんな彼女の目の前には、見た目からして大学生だろうか、いかにもガラの悪い金髪の二人組がいた。

 恐らくこの状況、ナンパで間違いないだろう。

 学校にいる彼女は視線を投げかけるだけで毒舌が飛んでくるぐらいドライな性格をしているのだが、どこか様子がおかしかった。


「や、やめて……」


 彼女は小刻みに震えながら怯えていた。

 いつも男子に対して毅然とした態度をとっているが、今の彼女には全くそんな感じがしない。ということは相当お困りのようだ。


「おい、無視すんなよ」

「俺たちが誘ってやってるんだから」

「ち、近づかないでくれる……」


 道行くサラリーマンや主婦の人たちも困っている彼女へ視線を投げかけるだけで、特に助けようとはしていない。

 まぁ、それはそうだろう。できるだけめんどくさいことには関わりたくないと思うのは普通だし、逆に絡まれたら怪我もする可能性もある。

 勿論俺も面倒ごとは嫌なので、普通なら素通りするのだが、ちょうど俺のアパートの前でやられちゃスルーするわけにもいかない。

 それに彼女はクラス、いや学園の人気者。もし俺がこの事態をスルーしたと分かれば、彼女はこのことを学園中に広めるだろう。

 そうなれば俺の悪い噂が一気に広がり、平穏で平和な学園生活が崩れ去ること間違いない……。

 致し方ない。俺は大きくため息をしながら彼女の元へと向かった。


「あっれー! 霧切さんじゃん!」


 ガラの悪い二人を視界に入れず、霧切さんにぎこちない笑顔を浮かべながら手を振る。へたくそな演技で申し訳ないが俺にはこれぐらいしかできない。


「えっ?」


 突如現れた第三者に名前を呟かれ霧切さんは驚いたように口を開けた。

 無理もないだろう。俺は霧切さんと一言も喋ったこともなければ、視線すら交わったことがない。


「あれ? どうしたの? もしかして、俺の家に遊びに来てくれたの? ありがとー! それじゃあ入って入って!」

「えっ、あぁ……」


 霧切さんがキョトンとした表情を浮かべる。

 雑な助太刀だとは思うが、ここは空気を読んでくれ……。


「は? 誰そいつ?」

「もしかして知り合い?」


 霧切さんが見知らぬ第三者に困っていると、目の前のヤンキーたちは知らない男の来訪をよく思っていなかったのか、俺のことをギロリと睨みつけた。

 まぁ当然だろう。こんな冴えない奴にナンパを邪魔されちゃ気分も良くない。

 ここはもう俺の部屋に逃げるしかない。

 なんとなくこの状況に不穏な気配を察した俺は、申し訳ないと思いつつ、彼女の手を掴んだ。

 そして、家に逃げ込もうとした――その時だった。






「この人、ウチの彼氏だから――もう付きまとわないで!」






(えっ?)


 予想だにしない彼女の言葉に思考が停止する。

 もちろん俺と彼女はそういう関係ではないし、学校では一度も言葉を交わしたこともない。

 というか、彼女は俺の存在自体知らないだろう。


「こんな冴えない奴が彼氏?」

「マジかよ……」


 咄嗟に出た嘘にしては良く出来ているが、このヤンキーたちには火に油を注ぐだけだった。


「はぁ、こんな奴が彼氏とかありえねーわ。なんかこいつムカつくし一発殴ってこーぜ」

「さんせ~い!」


 ヤンキーは標的を変えて、俺を睨みつけた。まるで、ライオンが絶好の餌を見つけた時のようだ。

 これから起こるであろう嫌な展開に冷や汗が止まらない。


「クソが! 可愛い彼女がいるからって調子乗んなよ!」


 一瞬で眼前へと迫ったヤンキーは俺の胸倉へと掴みかかり、制服の第一ボタンが勢いよく吹き飛んだ。 


(あぁツイてない……まぁでも殴られるだけで済むならマシか…… 


 ただ俺は早く帰ってゲームがしたかっただけなのにまさかこんなことになるなんて。

 平穏な学園生活を送りたいその一心で毎日を過ごしていたのにこんなことに巻き込まれるなんて誰が想像できただろうか。

 ヤンキーの一人が拳を強く握りしめたのを見て、俺はただ情けなく目をつぶって行く末を待つことしかできなかった。


「放しなさい! 君たち何をしてるんだ!」


 タイミングよく巡回していた警官がこちらに駆け寄って来るのが見えた。

 それを見てバツが悪いと思ったのか、颯爽と立ち去るヤンキーたち。


「サツだ! めんどくせー。ったく、覚えてろよ!」


 ヤンキーに吹っ飛ばされコンクリートに尻もちを付く。

 首元が締め付けられていたからか、激しい咳が出た。

 幸いこれといって怪我はしていなかったが、胸のあたりの制服がしわくちゃになっている。

 これはクリーニングが必要だな。


「君たち大丈夫かい? 怪我は?」


 偶然警官が通らなかったらどうなっていたことか……。

 そう思うとゾッとしたが、なんとか殴られずに済んだことを嬉しく思った。


「あぁ、えっと……大丈夫です」

「僕はあいつらを追う。何かあったらすぐ病院へ行くんだよ!」


 そう言い残した警官はヤンキーたちを追っていった。


「……………………」


 俺と霧切さんが二人きり……。

 同じクラスメイトではあるが一度も会話すらしたことがないので何を話したらいいのか分からず、辺りを静寂が包む。


「えーと、霧切さんだったよね。大丈夫だった?」


 さすがの空気に我慢できなくなったので、霧切に向けて口を開いた。


「……うん」


 霧切さんが、か細い声でそう呟く。

 俺の知っている彼女はいつもクールな印象だったんだが、今回は相当怯えていたらしく、彼女の手は小刻みに震えており、若干顔色も悪そうだった。


「だ、大丈夫か?」

「名前なんていうの?」


 俺の質問に答えるより先に彼女が訊いてきた。

 俺の記憶が正しければ彼女はまともに男子と話している姿を見たことがない。だからちょっと驚いた。

 まぁ質問してくるってことはたぶん大丈夫だろう。


「あ、えーっと、木下 悠馬きのした ゆうまだけど。一応クラスメイトだったりする……」

「そう、初めて見た」


 さいですか。

 まぁ俺みたいなモブなんて覚えているわけがないか。

 クラスメイトと積極的に話しかけるようなことは一切していないから自業自得ではあるが……。ちょっとだけ悲しかったりする。


「一つだけ聞かせて、ウチのことなんてスルーすればよかったのに……どうして逃げなかったの?」


 当然の疑問だった。

 俺はその疑問に素直に答えることにした。


「ここ俺が住んでるアパートなの、だからスルーするにもできなかった」

「そういうことね」


 今すぐにでも逃げ出したい気持ちがあったのは秘密ではある。


「俺からも質問いいか? どうしてあんなこと言ったんだ?」


 「ウチの彼氏」という強い言葉、恐らく助かりたい出まかせなのは分かったが、男嫌いの彼女が言うセリフにしては珍しい気がした。


「別に……たまたまですけど」

「そうっすか……」


 霧切さんが視線を逸らしながらそうつぶやく。


「にしてもあんた、頼りがいなかったね……あのままだったら殴られてたよ」


 俺も一応男ではあるので真正面から棘のあるセリフを言われると胸にくるものがある。

 まぁ事実ではあるが。あの状況で何も言い返すことができず、ただ殴られるのを待っていただけなのだから。

 だけど、言われっぱなしも嫌なのでちょこっと言い返してみる。


「お、お前だって、今にも泣きだしそうだったじゃん。手も震えてたし」

「はっ?」


 彼女の逆鱗に触れてしまったのか、鋭い眼差しで見つめられる。

 恐怖のあまり全身の毛穴が開くのが分かった。

 この鋭い眼差しに一部の学内の男子は虜になっているらしいが、俺には良さが全く分からない。


「…………」


 強い言葉を発した途端、急に黙り込む霧切さん。

 質問したり、素っ気ない態度を取ったり。怒ったり。忙しい人だなと思った。

 だが、素っ気ない態度とは裏腹に霧切さんの身体は小刻みに震えていた。

 いつもクールで何事にも動じないあの霧切さんが怯えてる姿を見て、やっぱり一人の女の子なんだなと再認識する。


「君、どこに住んでるの?」

「一〇一号室が俺の家だけど、それがどうしたの?」


 興味のない声色で呟き、アパートを見つめる霧切さん。

 ボロいのでそんなに見つめないでいただきたい。


「そっか、とりまあんがと……それじゃあ」


 耳を赤くしながらボソッと聞こえないかぐらいの声色で呟いたあと、全速力で走り去っていった。


「なんだったんだ? ま、いっか」 


 俺は、何事もなかったかのようにアパート一階の端にある我が城へ。先ほどのひと悶着でかなりの時間が経過していたようだ。

 俺にしては珍しく波乱のある一日だった気がする。明日はもっと平和でありますように――。

 心の中でそう願い。ポチっとゲームを起動するのであった。

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