無限×無限

「あー、痛かったなー。首か……」

「なぜだ……?」

「いやー、俺も聞きたいんだけど。なんで傷一つないわけ? いくら俺が即死しても殺すつもりでいったから傷一つないのはおかしいだろ。ナイフちゃんと刺したよな? 金のせいかな、自信無くすなー……」

 首のあたりをさすり、ため息を吐きながら訝しげに兵士を見る少年。そんな少年に、剣を持った兵士があり得ないといった様子で相手に聞く。記憶の中で何度も殺したはずの少年の代わりに、周りには血まみれで木々の間や地面に仲間たちが倒れている。少年の手に持ったべっとりと血の付いた鋭いナイフが、犯人は自分だと主張している。

「ったく、俺を殺そうとしても意味ねぇって。何でわかんないかなー。ていうかなんで覚えてないの? 何週もしてるはずだろ?」

 対して少年は、ナイフに付いた血を払いながら、説明するのもめんどくさいといった感じに呆れている。とても先ほど複数人から襲われたようには見えない。

「何を言っている……?」

 それに対し、兵士は訳が分からないというように聞き返す。

「仲間がやられた記憶はある。だが、お前と一対一になるのは初めてのはずだ……」

「は? 何言ってんのお前。……おい、まさか。いや、同じ能力は存在しないはず……ならなんで?」

 兵士の言葉と、今(・)ままでの(・・・・)過去(・・)から一つの可能性を呟くが、すぐに否定する。同じ能力がこの世に存在することはないからだ。

「とにかく、だ。俺を討伐しないといけないのはわかったけどさ、無理なんだって。仲間の兵士たち見て分からない? それに俺自体が何か悪いことしたわけじゃないんだし、見逃してよ」

「いや、そうはいかない。その能力は我々にとっても、この世界にとっても脅威だ。ここで排除しなければならない。例え私の命と引き換えにしてもだ」

 イラついた態度をとる少年に、震えながらも切っ先を向け続ける兵士。

 だが、少年はただ呆れたようにため息を吐くだけだ。

「だから、俺寿命以外じゃ死なないんだって。外的要因で死んだら、俺が事前に設定した時間に戻るだけだって、貴方ならわかってるでしょ? どこかで俺の戦い方を見てるんだろうからさ。俺の能力に記憶をリセットする効果は無いはずだよ?」

 少年はできの悪い生徒に言い聞かせるようになるべく優しく兵士に言う。

「いい加減、痛いのは嫌だしさ。理解してよ。俺を殺した相手は、リセットされても同じ行動しか取れなくなってループするようになる。そんで、そのループを変えられるのは俺だけだ。つまり、貴方は永遠に俺を殺し続けることになる。分かっていてもこのループからは逃れられない。……このやり取りも何回目か分からないけど」

「もちろんわかっている。そしてその能力は、巻き戻るときに相手の記憶にも体にも巻き戻しの影響を与えない。つまり、確かに死んだ・殺した記憶はあるのに、目の前の相手は死んでいない。ただ相手の死の記憶だけが延々と刻まれ、どこかの過去につけられた傷が蓄積して戦闘不能になる」

「そう、だいたいの人はそれがいやで逃げだしちゃう。もっと懸命な人はそもそも俺と戦わない。人だけじゃなかったけどね。いつか絶対負ける戦いをする意味はないし。でも、そこまでわかってるならどうして? 別に俺に手を出さなかったら何にもならないんだよ? 今ここで見逃してくださいって言ったら俺はこれ以上手を出さないし、ループを切ってあなたを逃がせる」

 少年は、もう何度目か分からない説明と撤退の条件を突きつける。いやだいやだと駄々をこねる子供を諭すように。

「その能力自体が危険なのだ。やろうと思えば、相手への傷の蓄積と巻き戻しで、お前は一日で国を亡ぼせる」

「だからそんな面倒なことしないって……。別に痛くないわけじゃないんだから。時間もかかるし。まぁ、最近はその感覚も薄くなってきてはいるけど。やだなー……」

 少年は辟易しながら答える。いい加減疲れも見えている。

「あくまで可能性の話だ。だが、その可能性を放っておけるほど我が国は穏やかではない。そして、そのためにお前に勝つ方法も同じくわかっている」

「へぇ、何?」

 少年はこれも聞き飽きたといったように聞き返すが、兵士は構わず続ける。

「お前を殺し続けることだ。そうすれば、やがてお前の精神には限界がきて決まったルートを自ら外れざるを得なくなる」

「その精神論も聞き飽きたな……いいよ、わかった。後々めんどくさくなるかなって思ってあえて殺さなかったけど、殺すわ」

「やってみろ……!」

 少年はナイフを構え、兵士は剣を握り直す。二つの刃が交差し、互いの体を貫く。

「かっ……ひゅー……」

 先にこと切れたのは少年の方だった。長い切っ先が少年の首を貫き、急激に意識を遠のかせる。すると、少年の体が光の粒子となり、空中に消え始めた。そして、それに合わせ世界がだんだんと揺らいで溶けていく。

「ぐっ、ふっ……」

 一方兵士も仲間たちの命を奪ったナイフに腹を裂かれ、意識が遠のき、生から離れていく。そして、仲間たちを置いて兵士も光の粒子となり空中に溶けていった。

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ゼミで書いたSS 武内将校 @Takeuchi0918

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