紅白

 最初に違和感を覚えたのは、左斜め向かいに座る中年おやじの禿げた額を流れる汗を見た時だった。真冬の暑さ、電車の中の効きすぎた暖房のせいかその額からは、つ、と一筋汗が流れ落ちている。

最初は、車内って暑いよな、ぐらいにしか思わなかったが、その汗の筋を見て驚いた。

白いのだ。肌の色が白い、色白、なんて誉め言葉に使うような白さではない。おしろいで塗りたくったような完全な白だった。

 気のせいか、そう思うことにして視線を外そうとしたが、気になって視界の端にちらちら禿げたおやじの額が映る。

 おやじが額の汗を手で拭うと、その跡が薄橙のペンキがはがれたように、あるいは手の甲を刷毛代わりにして塗られたようにおしろいの白さが広がった。

 流石に驚いて、目立たないように目で辺りを見回してしまう。だが、このおやじの身に起こっている異常事態など誰も気にもせず、ただ眠るかスマホを触るかしているのみだった。

そうこうしているうちにも、おやじの汗は止まらず、手で拭う度薄橙は消え、白色が広がっていく。完全に顔が白くなった時、その目の黒がいやに浮き上がって見えた。

 興味よりも恐怖が勝ち、顔ごと背けるように目を逸らす。だが、目線の行く当てもなく、正面の窓ガラスに映る流れる夜景と、反射する自分の顔を見ることしかできない。

 ふと恐ろしくなり、先ほどから脂汗が止まらない自分の額をぬぐってみる。手には何もついておらず、窓に反射する自分の顔も変わらないままだった。

 ほっと一安心するのもつかの間、今度はその正面の人が汗をぬぐい始めた。まさかと思い、目を離せずにいると、嫌な予想通り、正面の人の顔からも薄橙が消えていき、代わりに白く塗りたくられた顔が現れた。

 気づけば、周りの人は皆、額の汗をぬぐうようにして顔の薄橙を消し、白さを増している。何も見ないように、恐怖に震えながら床をじっと見つめる。

 ぽた、しずくが床に落ちた。額から落ちた感覚がある。そんなことはないと自分に言い聞かせ、額の汗をぬぐう。ぬぐって、正面の窓を見る。思わず安どのため息がこぼれる。いつもと変わらず、自分の顔は塗りたくられたように紅かった。

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