寿命

『昨日、NMNサプリ初使用者が寿命で亡くなりました。亡くなったのはアメリカ在住──』

 土曜日の朝、そんなニュースが世間を賑わせた。NMNサプリと臓器交換によって八百歳まで生きた女性がなくなった。このニュースは現代社会に生きている人々すべての関心を一挙に集めることとなった。

『さて、昨日寿命で女性が亡くなったわけですが、先生、寿命とはいったいなんなんでしょう?』

 テレビの中で司会を務める男性が、コメンテーターを務める大学教授に話を振る。

『はい、ではそもそも寿命とは何かという話ですね。六百歳世代あたりまではぎりぎり知っている、という認識かもしれませんが。あ、そうですね、そのグラフです』

『はい、こちらですね。街頭アンケートで寿命を知っているかを聞いたものになります。知っていると答えた人が二十パーセント、知らないと答えた人が八十パーセントにもなるんですね』

 大学教授は司会がモニターに映し出した円グラフを示し、司会がその円グラフの解説をする。

『おぉ、そんなに少なくなっているんですね。では改めて、そもそも我々生物には寿命というものがあります。機械で言う耐用年数みたいなものでしょうか。実は、生きている限りそれがあるんですね』

 大学教授が神妙な顔で言う。

『先生、ということは我々にもあるということでしょうか』

 それに対し、司会はいかにも不安だというように、視聴者の不安をあおるように尋ねる。

『はい、もちろんです。現代の死因の多くが自殺や事故死で、寿命で死ぬということは滅多にありません。そもそも、我々は先祖代々からNMNサプリを摂取してきて、それがもう生まれてくると同時に備わっているわけですから。まぁ、人によってはNMN不足でサプリを摂取しないといけないという人も似るにはいますが、とても珍しいです』

『先生、その、やはりですね。気になってきますのは、今回亡くなった女性が、人類で初めて臓器交換とNMNサプリを摂取したという点なんですね。これ、いったいどういうことでしょうか』

 そこで大学教授は、これから言うことがこの時間のニュースにふさわしいか考えるために一呼吸置いた。

『えー、まぁ言葉通りの意味なのですが、この女性がNMNサプリを摂取するまで、人間の平均寿命は八十年やそこらだったんですね』

『八十年!? まだ百年も経ってないじゃないですか』

 その数字に、司会が素で驚ろく。教授も、とてもショッキングなことを語っている顔だ。

『はい。逆に百歳まで生きれば長寿、えー、なんと言いましょうか。まぁ、すごいことだったんですね。我々の寿命が──』

 教授がそう言いかけた時、司会が突如その話を遮った。

『おい!CMは入れ!』

『あ、ここでいったんCMのようです。どうぞ』

 なぜかディレクターらしき人物の声が入ったがそれはさして話題になることはなかった。


「ママ―、寿命ってなーにー?」

 幼い子供が母親に問いかける。

「そうねー、ママも今の説明じゃ分からないわ。調べてみましょうか」

 そう言って二百歳しか年の離れていない親子がホログラムモニターに向かう。

「んー、そうね。調べてみても機械の耐用年数だとか古くなったとしか書いてないわね」

「古くなったら何がいけないの?」

 子供が無邪気に問いかける。

「さぁ、何がダメなのかしらねぇ。あぁ、もしかしたら臓器交換の期日を過ぎた時みたいに、体が悪くなるのかもしれないわね。それが寿命ってことかしら」

「ぞうきこうかん?」

 母が必死に絞り出した答えも、子供には難しかったようだ。

「あぁ、しゅん君はまだ十歳だから少し先のことよね。百歳の誕生日ごとにしなきゃいけないことよ。そうやって体の調子を整えるの」

「へー、よくわかんない」

「そうね、まぁそのうち分かるわ」

 そう言いながら画面をスクロールしていた母親の目に、ある記事の見出しが引っかかった。

「あら、なにかしら。『寿命とは!? 生物的な本来の死について』『NMNは神への冒涜 災害が来る』いやだわ、こんなオカルト記事。くだらない」

 そう眉をしかめて吐き捨てる。そんな母親を見て子供が心配そうに尋ねる。

「ママ、どうしたの?」

「大丈夫よー。しゅん君は見ちゃいけないものですからねー。ほら、お薬飲みましょう」

「うん!」

 子供が元気よく答え、NMNと書かれたカプセルを飲み込む。

「はぁ、いったい何なのかしらね。寿命って病気は」

 そんな我が子を見守りながら、母親はため息を吐いた。

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