クリスマス・イブ・ビフォア

「クリスマス、願いが一つ叶うとしたらなにがいい?」

 冬の日差しが白いカーテンを通り抜けて差し込むクリスマスイブ前日の午後、彼女はこちらも見ずにいきなりそんなことを言ってきた。

「七夕とかじゃなくて?」

 俺は、そんな突拍子もないことを言ってきた彼女に、特に驚きもせず聞き返す。

「そ。それに七夕って来年じゃない。そんなに待てないよ」

「それもそうか」

 会話はいったんそこで途切れる。彼女がこういった突拍子もないことを言ってもそれを続けるかどうかは、受け手である俺自身が決めることだ。気が乗らなければ適当に返事をして終わるし、今までもそうだった。だが、今日は違った。

「私はね、あと二日、健康に生きたい」

「健康の意味が俺と違うな」

 いつもは切り上げるような会話を、今日は彼女から続けてきた。

「そんなこと言わないでよ。それに、たった二日ぐらいなら健康に生きてもいいと思わない?」

「悪かった。まぁ、いいんじゃないか? 明日はクリスマスイブだもんな」

「そうだよ。毎年家族と楽しく過ごしてたし、今年は君と過ごせると思ってたのに。どうしてこうなっちゃったんだかなー」

「……さあな」


 ──余命はあと一か月です。

 それが11月23日、医師が彼女に告げたことだった。

 いわゆる一か月病、原因は不明で治療方法も不明。ただその病に罹れば一か月後に死を迎えるということしかわかっていない未知の病だ。どのような症状が出るか、苦しんで死ぬか楽に死ぬかも本人の運次第。共通しているのは、いつ何が起こってもいいよう死ぬまで病室にいなければいけないということのみ。

「今年のクリスマス、だめかぁー……」

 それが診察室から出てきて彼女が最初に口に出した言葉だった。その言葉に、俺は何も返せず、ただ気の抜けた相槌を打つことしかできなかった。


「でさ、君はクリスマスに願いが叶うとしたらどんなことがいい?」

「……特にない」

 少し考えたが思い浮かばなかった。いくつか思い浮かびそうになったが、それはどれも遥か未来のことで、とても言えそうにない。

「遠慮してる?」

「少し」

 そんな俺を見透かしたように彼女はまた聞いてくる。俺の答えを聞いた彼女はため息を吐き、

「遠慮しなかったら?」

と聞いてきた。

「一人のクリスマスは嫌だな」

「ふふっ、何それ。願い事じゃないじゃん」

「聞いてきたのはそっちだろ」

 笑う彼女に、少しむっとしながら反論するも久しぶりに見た彼女の笑顔を見て安心する。何が可笑しかったのかは分からないが、彼女はひとしきり笑った後に切り替えるように長く息を吐いた。

 そして、こちらを向いて言ってきた。俺は相変わらずどこかを向いたままだった。

「もしさ」

「うん」

「明日も会えたらどこか行こうよ」

「外出許可は?」

「結構簡単に取れたよ。一か月乗り越えて生き残った人もいるんだって」

「聞いたことないな」

「先生が言ってた」

「病院の先生が言うなら間違いは無いな」

「もう、面会も終わる時間だね」

「あぁ、外、もうこんなに暗いのか。冬だと時間が経つのだけじゃなくて日が落ちるのも早いんだな」

「また、明日。あっ、メリークリスマス」

「メリークリスマス。……また明日な」

 病院の外に出ると、西の方にまだ陽が残っていた。


 クリスマスイブ、前日の夜中から急に冷え込んだ朝。一日中雪が降る予報らしく、家を出る時にはもううっすら白く、雪が積もっていた。

 病院へ向かう足跡は一つだけ。そして、その足跡が雪で隠れるころ、病院から出て家へ向かう足跡も一つだけだった。

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