輝く世界

 いつもより顔が明るいと気分が明るくなる。いつもより目が輝くと世界も輝いて見える。自分にとってそれは世界を変えた魔法だった。


「リップ、OK。チーク、OK。服も、ヘアスタイルもOK。最後は笑顔、OK。うん、今日も可愛い!」

 鏡の前でいつもの確認を行う。メイクをやり始めてからのルーティンだ。これをするだけで、自分の可愛さを再確認できるし、改めて自身が湧いてくる。

「やば、もうこんな時間。急がないと遅刻しちゃう。お母さん、行ってきまーす」

 あらかじめ玄関に置いてあったバッグを持って家を出る。待ち合わせの時間までまだ余裕はあるが、何かあって走るようなことはしたくない。せっかく可愛くしたメイクが崩れてしまう。

 電車に乗ってスマホで時間を確認する。一瞬だけスマホ黒い画面に映った可愛い自分に自信と満足感で頬が緩む。

 目線を上げると、色々な顔が見えた。自信がない顔、疲れ切った顔、不安げな顔、特に何も考えてない顔、自分に見惚れている顔。それに少し笑いかけながら、そんな顔たちと自分の顔を見比べて、思い出す。自分がメイクを始めたきっかけは何だっただろうか。


 可愛い、もしかしたらそれが一番最初に意味を理解し概念だったかもしれない。家族、友人というものを理解するより先に可愛いという概念を理解した。それはいくつになっても変わらなかった。まだあどけなさが残る小学生、体の変化が始まる中学生、各々が個性を獲得しようとする高校生。どの段階においても誰からも可愛い! と言い続けられてきた。誰もが、その容姿を、毛先や指の先までを褒め称えた。当時はそれで満足していた。メイクというものを知らなかったから。知っていたとしても、その時の自分なら今のままで充分だと思っていたかもしれない。

 初めてメイク道具を手にしたのは高校生の終わり。それぞれが進路を決め、ゆっくりと過ごしている時期だった。ふと思い立って自分のお金でメイク道具を手にし、動画を見ながら自分の顔を初めて進化させた。

 衝撃だった。自分は可愛い。それは自他ともに誰もが認める事実だったが、可愛いのレベルが違った。可愛いと言われることが常態化してマンネリ気味になり、感動が薄くなって今までただ透明なフィルム越しに見ていたよう世界は、目元の煌めきによって輝き、鏡に映る自分は白くなった肌のように明るくなっていた。世界が輝きを取り戻した。そして、それに合わせてその身を飾る衣服も髪型も変えた。より可愛く、華やかに。可愛い自分をもっと誇れるように。

 それから、可愛いが薄く感じていた毎日が彩られていった。人も、建物も、自然も、すべてに色彩が増した。奇異の目で見られることもあったが、そんなものは自分の魅力でいくらでも変えられた。

 

回想にふけっている間に、いつの間にか集合場所の駅に到着していたらしい。電車を降りて改札口に向かうと、そこにはもう友人たちが待っていた。

「どうしたの? 集合にはまだ早くない?」

 驚きながら訪ねると、

「だって汐井、いつも集合三十分前とかに着くだろ? それなら俺たちも早く着けばその分長く遊べると思ってさ」

 と返ってきた。

「まったく……ま、気持ちは嬉しいよ。それじゃ、行こっか。どこ行く? 服? 可愛いの選んであげるよ」

 小学生のような理由に呆れたが、それが嬉しかった。

「俺たちじゃお前みたく可愛いのなんて似合わねぇって。とりあえず飯食いに行こうぜ、早く着きすぎたせいで昼飯まだなんだ」

「あほな理由で早く来るからそんなことになるんだって……。ま、俺もまだだしいいけどね。何にする? ラーメン?」

「そこはパンケーキとかじゃねぇのかよ!」

「パンケーキ食ったって腹いっぱいにならないだろ」

 そんな突っ込みに返しながら、俺たちは年相応の大学生のように笑いながら輝く街へ出た。

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