世界観研究

 この世界には数十年前から人が化け物に変わるようになった。それもいきなり。人から人へ感染するその現象は、感染者の見た目から仮の呼称で「ゾンビ化」と呼ばれ、それがいつしか正式な呼称になっていた。


「そこ右行った!」

「了解」

 真夜中の人気のないビル街を三つの影が疾走する。一つは女性のもので、もう一つは男性のもの。二人とも、夜の街に溶け込むようなスーツを着て、遥か前方を走る怪物を追っている。

「あー、もう。あいつゾンビのくせに足速すぎ。リュウジ、かっ飛ばすよ。乗って!」

「アンさん、安全にお願いしますね」

 アンと呼ばれた女性の声に合わせ、リュウジと呼ばれた男性が走りながらビルの三階程まで飛び上がり、重力に引かれて落ちてくる。そして、アンはリュウジの落下点に追いつくと、足裏めがけて構えていた得物──特殊な金属でできたバットを思いきり振りぬく。

「かっ飛ばせーー!!」

 空を切る音に遅れて、周囲に突風が吹き、周りの街路樹やゴミが巻き上げられる。打ち上げられたリュウジは十階建てのビルを軽々と超えていた。

『これ、試合だったらホームランですか?』

『当たり前でしょ。私が打ってるんだから。それより、いた?』

 声の届かない距離。ビル群の上から地上を見渡すリュウジが耳元のインカムに向けて冗談を言うと、アンが、さも当然と言ったように返してくる。

『いました。矛も射程距離範囲内です』

『オッケー、それじゃあ決めちゃって。なるべく周りに被害出さないようにね』

 リュウジが無言でうなずき、右手を振りかぶる。すると、何もなかったはずのそこに白い光が収束し、一本のシンプルな細い矛を形作った。

「狙いは首……貫け!」

 右手を振り下ろすと同時に放たれた矛の形をした光は、ビルの間の狭い小路を走っていた怪物の首元目掛け正確に飛んでいき、貫いた勢いのまま地面に縫い付けた。

『アンさん、着地に入ります。追いつくんで先にターゲット向かっておいてください』

『りょうかーい。ちゃんと殺してるよね?』

『大丈夫なはずですけど、一応距離は取っておいてください。生きてる間は少しでも息があれば、俺らでも触られて感染する可能性があるので』

 そう言いながらリュウジは二度目の落下をする。ビルの八階あたりから無事着地すると、しばらくその衝撃に耐えるように着地した体勢のまま動こうとしない。そこに、アンがやってきた。

「お、リュウジお疲れー。大丈夫?」

「先行っててくださいって言ったじゃないですか。他に取られも知りませんよ」

 先に行っているはずのアンに驚きつつも文句を言うリュウジ。

「いやー、大丈夫でしょ。そもそもあの矛、リュウジじゃないと解除できないんでしょ? 地面に縫い付けてあるんだからそう簡単に持ってかれないって」

「地面ごと持っていくやつら普通にいるでしょ……まぁ、いいです。行きましょう」

 楽観的なアンにため息をこぼしつつも、自分が仕留めた化け物が縫い付けられている場所まで向かう。

 現場に向かうと、そこには光の槍に首を後ろから貫かれた怪物がビルの陰から怪しく照らされていた。

「いやー、すごいね。正確に首の後ろから貫かれてる。リュウジ、よくあんな高いところから当てられるねー」

「まぁ、そこはできなきゃ売値が下がるからやらなきゃいけないってだけですけどね。脳と心臓が残っている方が研究機関に高く売れますし。あ、矛解除しておきますね」

 先ほどのアンのように、さも当然と言ったようにリュウジが返す。

 首を貫く光の矛が解除された怪物は、どさりと音を立てて地面に転がった。

「ま、高く売れる分には私も文句ないし。で、これもう触っても大丈夫だよね?」

「一応手袋はしてくださいね」

 リュウジから軽く注意を受けながら、手袋をはめ、携帯している捕獲用の袋に怪物の死体を詰め込む。

「さて、次の依頼とかあったっけ?」

 手袋をそのまま捕獲用の袋に捨て、手を払いながらリュウジに尋ねるアン。

「いえ、政府からの依頼はこれで終わりです。緊急出動の依頼も来てませんし、今日はこれで終わりですかね」

 リュウジが手元のデバイスからスケジュールを確認し、答える。

「お、それじゃあ着替えて飲みに行かない?」

「俺、帰って寝たいのでパスで。今日遅いですし」

「えー、なんでよ。この前もそれだったじゃーん」

「眠いんです」

 仕事終わりの一杯にと誘うアンにリュウジがそっけなく返す。それでもなお絡んでくるアンをあしらいながら先を歩くリュウジ。

 先ほどまでの戦闘がなかったかのようなビル街にまた静かな夜がやってくる。

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