主人の額縁

「いやー、ここら辺の店は全部よそ者に冷たいんだね」

 ある晴れた日の午後、一件の小さな喫茶店に入ってきた男が店主に向かって言う。

「いらっしゃい、お客さん。見ない顔だね、どうしたんです。いきなり」

 初老の店主が、愛想よく男に答える。

「俺はね、旅しながらいろんな店巡って自分の店に入れる商品を色々探し回ってる最中なんだが、ここら辺の店はよそ者が来るとなると、『お前、どこから来たんだ。何、卸売り? 売るもんはねぇな』とか言って追い返してきやがる。おかげで、商売あがったりだ」

 男が愚痴を言いながら、カウンターに座りメニューを見る。

「へぇ、そりゃあ大変でしたね。ここら辺はね、昔爆買いだの転売だのを目的にしたやつらが、卸売業騙った奴らに騙されて、一度ひどい目に遭ってるんですよ。きっとそのせいでしょうね。はい、お水」

 店主が、その時は大変だった。客が暴れて警察沙汰になることも少なくなかった。といいながら、男の前に水を出す。

「あ、あぁ、そう言うことだったのかい。ん? なんだい、この水ぬるいじゃねぇか。冷蔵庫壊れでもしてるのかい?」

 男は、少し動揺しながら、受け取った水を飲んだが、水がぬるいことに気づき、眉を顰める。

「いやぁ、冷蔵庫なんて壊れてたらそれこそうちも商売あがったりです。ちゃんと動いてますよ」

「それなら、なんだって水がぬるいんだい?」

 男が不思議そうに尋ねる。

「のどが渇いてるのに、冷たい水を一気に飲んだら頭が痛くなるでしょう。だから、いったん落ち着いてもらうためにぬるい水で渇きを癒してもらって、それから冷たい水を出すことにしてるんです」

「なるほどなぁ、主人の心意気ってやつか。そりゃ大したもんだ」

「そんな立派なもんでもないですよ。注文決まったら言ってください、おまけしますよ」

「そっか、悪いね」

 そう言って、店主が店の奥に引っ込んでいく。

 男は、メニュー表を開きながら、改めて店内を見渡す。客は男一人しかおらず、だがそれでいて寂しさを感じさせない。全体的に、暗めの茶色で統一された店内は、落ち着いた雰囲気がある。そんな中で、ひときわ目を引くものがあった。

「立派な額縁だな、こりゃあ。なんだってこんな寂れたところに……」

 見れば、小学生が描いたような絵が、誰が見ても立派な額縁に飾られている。

「おいおい、よく見りゃこの額縁今は無くなったとか言う王国で重宝されてた額縁と同じ奴じゃねぇか。相場で売ったら三十万、いや、物好きなら五十万は出そうって代物じゃねぇか。店主め、こんなへたくそな絵を飾ってるなんてよほど物の価値を知らねぇと見える。よし、ここはちょっとだまして安く買い叩こうじゃねか」

 悪質な古物商兼転売屋紛いのことをしている男は、さっそく店主を呼んだ。

「おーい、店主。注文いいかい」

「お決まりになりましたか」

「あぁ、アイスコーヒーのケーキセットを頼む」

「はい、アイスコーヒーのセットね。じゃぁ、ちょっと待っててください」

 そう言って店の奥に戻った店主が、しばらくして注文の品を持って出てきた。

「はい、お待ちどうさま。注文のアイスコーヒーのケーキセットね。コーヒーとケーキ、多めにしといたよ」

「すまねぇな。ところで店主、あの絵、誰が描いたんだい? ずいぶん味があっていい絵じゃないか」

「あぁ、あれかい。そんな大したもんじゃないですよ。私が趣味で描いてるものですからね」

「いや、謙遜するなよ。いい絵じゃないか。ところでさ、物は試しというか、俺にあの絵、売っちゃくれないかい?」

「えぇ、あの絵ですか?」

「あぁ、実はな、俺は旅しながら自分の店に降ろす商品を探す傍ら、道すがらであった絵画を買い取って売るって仕事もしてるんだ。それも、プロのなんかじゃねぇ。世に名前が出てない画家のものだ。だからよ、俺にあの絵、十万で売ってみないかい? ほら、ここに十万ある」

 男は、一万円札を十枚、鞄から出して店主に見せる。

「いやいやそんな、もったいない。所詮素人が遊び半分で描いた絵ですよ、十万はおろか値段が付くものでもないでしょう」

「いいからいいから。俺が気に入ったんだ。受け取ってくれ」

 男が、そう言いながら十万円を店主に押し付ける。

「そこまで、仰っていただけるのならお売りしますが……」

「ありがとうな、これで俺も手ぶらで帰ることが無くなる。それで、ついでといっちゃなんだが、主人、あの額縁も一緒につけちゃくんねぇかな。あー、ほら、せっかくの立派な絵だ。額縁が貧相だと、せっかくの絵も素人が描いたへたくそな絵に見えるってもんだ」

 男が、せがむように言う。

「ご冗談を、あれは私が大切にしている額縁でございます。額縁が必要であれば、他のものをご用意しますので少し待っていただけますか」

「いやいや、そんなこと言うなよご主人。せっかくのいい絵だ、額縁もあれぐらい立派なもんでなきゃぁ」

 男はなおも食い下がろうとする。

「いえいえ、あれだけはいけません。というのも、貴方はご存じないかもしれませんが、この額縁今は無くなったとか言う王国で重宝されてた額縁と同じもので、相場で売ったら三十万、いや、物好きなら五十万は出そうかという代物なんです」

 それを聞いて男は愕然として、主人に聞こえないように呟く。

「なんだよ、知ってやがったよ、このクソじじい」

「それじゃぁ、聞くが主人、なんだってそんなものをわざわざあんなへたくそな絵の額縁にしてるんだい」

「えぇ、あれで私の絵を飾っているとですね、時々私の描いた絵が十万で売れるからです」

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