第12話 さよなら番長
番長との語り合いから、すでに数日が過ぎていた。
あの日、僕が番長を倒して、五分位。出雲嬢が空き地を去ってからは十五分。
予想よりはるかに早く、姉様が空き地に到着した。
おそらく、バイクを飛ばしてこの空き地に直行したのだろう。
本当に助かった。もう少し番長を倒すのが遅れていたら、恐ろしいことになっていた。
そのあと、顔面蒼白になった姉様から危険なことはしないでと懇願されてしまった。
半泣きになった姉様の鬼気せまる顔は今思い出しても恐ろしい限りだ。
番長も命拾いしたものだった。
しばらくして、勝手に回復した番長は、屋上で放り投げた僕の髪飾りの一つを投げ返し、泰然と去って行った。今でも何を考えているかわからない。
姉様をなだめるのに、番長との決着後、さらに数日を要してしまった。
僕は回想しながら、ぼんやりと抜けるように青い空を眺めて、ホームルームの先生の声を聞き流していた。
朝練の適度な疲れが眠気を誘い。
窓から西日が差しこみ。その温かさが、またさらに眠気を誘う。
部活は十一月にある大会に向けて、練習の激しさを増している。
といっても、あの番長より強い相手はそうそういないだろうが……。
番長は僕と語り合ったあと、律儀に約束を守ったのか、転校してしまった。
空手部内でも、教室でも様々な噂が流れた。
内容は番長が僕に告白して、ふられて傷心のあまり、転校したとか。
逆に僕がふられたとか。番長がもっと強いやつを探しに旅にでたとかだった。
事情を知っている出雲嬢と僕は相談して、特に否定することも肯定することもせず、放置することにした。
人の噂も七十五日。この手の噂はむやみに否定したりせず、放置しているといずれ忘れ去られるものなのだ。
前を見ると、田心嬢は又もや遅刻のようだ。席は空きになっている。
一番後ろの番長の席には、今や別の人が座っている。
しかし、番長はすさまじい存在感の人物だった。
いなくなると、一抹の寂しさを感じてしまうのはなぜだろう。
教壇に立ち、先生が色々と連絡事項を列挙している。
僕はこみあげてくるあくびを噛み殺した。
さて、番長絡みの問題はこれであらかた片付いた。
しかし、最後にひとつ大きな問題が残っている。
僕にとってはある意味、番長と拳で語り合うより恐ろしく、緊張感のある問題だ。
そう、番長がなぜ、僕を女子と認識しなかったかだ。
僕はこのその要因を列挙してみた。
一 部活のやりすぎで、筋肉がつき男と見間違えられた。
二 僕はまれに見るほど顔がよろしくなくそれで、男と思われた。
三 番長の頭がどうかしている。
四 うっかり僕がいつも脳内でしゃべっているかのように番長に語りかけてしまった。
四に関しては、大丈夫だろう。僕は話す言葉は普通に女の子のようにしゃべるし、思考の一人称が『僕』なのは論理的に考えるためにあえてやっているだけの話だ。少年漫画の影響もあるかもしれないが……。
思い返しても僕という一人称で番長に話をした記憶はないし、今まで自分の話し方で誰かに変な顔をされたこともない。
一はお風呂で自分の体を見たとき、筋骨隆々な体ではなかったので、除外だ。
ぜひ、三であってほしいのだが、二の可能性も否めないので怖い。
僕は飛び抜けて自分の容姿が悪いとはおもっていないが、それは自分自身だけの考えなのかもしれない。
これは一度検証する必要があるかもしれないが、どうしたものか……。
とりあえず、田心嬢にそれとなく確認してみることし、僕は意識を授業に向けて切り替えることにした。
とりとめもないことを考えていると、ホームルームが終わっていた。
自ら遅刻の皆勤賞を狙うと言っている田心嬢は、今日は一時間目と二時間目の間の休み時間にようやく現れた。
いつもながら、眠そうだ。
彼女はフラフラと僕の前に歩み寄る。
「残念だったわよね。例の彼、転校しちゃったね」
ホームルームに出ない田心嬢は、番長が転校したことを昨日初めて知ったらしい。
僕としては、あまり残念ではない。
すこし、寂しくはあるが……。
「大丈夫。あんたなら、すぐいい男の子が見つかるわよ」
どうやら、励ましてくれているようだ。
それはありがたいのだが、結局は番長に関する誤解を解くことは出来なかった。
僕も最初は頑張って説明したのだが、すでにあきらめつつある。
番長もいなくなったので、まあいいかという気もするし。
そうだ。田心嬢に例の疑問を確認してみるか。
「恵美子ちゃん。私って、男の子にみえるかなぁ」
田心嬢には迂遠な物言いは通じないので、直接、そのものをズバリ僕は聞いてみることにする。
小首をかしげて、少し固まる田心嬢。
どうも、質問の意味をつかみかねているようだ。
「ううん。全然見えないけど。どうして?」
僕は思わず、番長が……と言いかけていいとどまった。
何故かそれだけで、納得する田心嬢。
「なるほど、山本ってやつは罪な男ね」
まさにそのとおりだ。
いろんな意味で罪な男だった。
あれほどの人物はそうはいまい。
めずらしく、会話がかみ合って僕はびっくりした。
もしかすると、何か食い違っているかもしれないが……。まあいいか。
「でも、いくらなんでも、男装してまで、あいつを追いかけるのはどうかとおもうわよ。あいつ、そっちの趣味の持ち主だったの?」
やはり、かみ合ってなかったか……。
しかし、そっちの趣味とはなんだろうか?
よくわからないが、なんだか聞くのが怖いので黙っておくことにする。
それから次の休み時間、今度は同級生の男子に同様の質問をしてみたが、彼が真っ赤になって目をそらしたので、結局僕の容姿の美醜についてはよく分からなかった。
なんとも困った話だ。
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