第7話 番長推参
僕が最後のサンドイッチを口に入れると同時に、テーブルに影が落ちた。
カランコロンと独特の下駄の音とともに、圧倒的な存在感が、辺りを包む。
来たか……。
僕は内心、毒づいた。
なんともいえない倦怠感とともに、僕は視線を上に上げた。
はたして、そこには、想像したとおりの人物。番長がいた。
相変わらず、ぼろぼろの帽子をかぶり、高下駄を履いている。
「こんなところにいたのかぁ、さがしたぞぉ。俺様はまだ、貴様と語り終わってはいない」
無意味にでかい声で番長が喚く。
出雲嬢は、今の状況が飲み込めずに固まっている。
当惑と恐怖が顔色に浮かび上がっていた。
まあ、無理もない。
普通の人間なら、番長の存在を間近で仰ぎ見るだけで、思考が固まるだろう。
「さあ、語ろうではないか」
番長のだみ声が、僕の頭の芯をぐらぐらとゆさぶる。
僕は口中のサンドイッチをお茶で無理に流し込んだ。
最後のハムサンドを嚥下すると、僕はゆっくりと立ち上がった。味わう暇もない。
しかし、よく屋上のドアを開けられたものだ。僕がそう尋ねると、番長はニヤリと笑う。
「ふははは、あれしきの障害で俺様を止めることはできん。扉など蹴り開けてやったわぁ」
本当に扉を蹴り開け、中に踊りこんだのか……。
あ~あ。後で、先生に謝りに行く必要があるなぁ。
食堂中の注目を浴びて、僕も流石に居心地が悪い。
さて、どうする?
「俺様の攻撃を皮一枚でかわしただけでなく、髪飾りを投げつけるという奇策、大した胆力よ」
音量調整機能が壊れて最大の音量から下げられないスピーカーのように、番長が騒ぎ立てる。耳が痛い。さらに褒められても全く嬉しくない。ため息がでそうだった。
とりあえず、出雲嬢を巻き込まないように、場所を変えるか。
「先輩の顔に傷をつけたのは、貴方ですねっ」
僕が、場所の変更を番長に提案する前に、硬直から元に戻った出雲嬢は、ピシっと、番長を指差した。
どうやら、固まりつつも話は聞いていたようだ。
出雲嬢の周りを殺意と怒気が包む。非常にまずい事態になりそうだ。
「こやつの顔に傷をつけたのは、いかにも俺様だ。だからどうだというのだ? 貴様ごとき、女子供の出る幕ではないわぁ」
「だからどうしたかだと、ふざけたことをいうなぁ」
番長の悪びれない台詞に、怒りのメーターが振り切れた出雲嬢。これは止めないと色々とまずい。
流れるような動作で、椅子から立ち上がると、一瞬で拳足の間合いまで、番長との距離をつめた。
右足を軸に、重心をわずかに後ろに移動。下腿三頭筋、大腿二頭筋、後背筋、上腕二頭筋と順番に力を蓄積、増幅させる。
この時点で、ほぼ全体重に等しい力が、拳にためられている。
軽量の出雲嬢だが、この拳の一撃が命中すると、正確な体重は知らないが、おそらく五十から六十キログラム位の力が番長に叩きつけられることになるだろう。
この技は僕が彼女に教えたものの一つだ。
まあ、もともとは、姉様の技なんだが……。
この一撃をまともに受ければ、さすがの番長も相当なダメージをくらうだろう。
ただ、当たればだが……。当たってもまずいか……。
……まずいな。僕は番長の拳の一撃を体験している。
そこから番長の力量を推察すると、おそらく、今の出雲嬢では番長の相手は難しいだろう。
まずい、間に合うか!
僕がテーブルを乗り越え、二人の間に入るのと、出雲嬢が渾身の一撃を番長の放つのは同時だった。
バシ~ン。キャッチャーがミットでボールをしっかり受け止めたような音がした。
出雲嬢の拳は、しっかりと大きく突き出された番長の左の掌に受け止められている。
「ふははははは、女子供の拳など、俺様には通用せぬわぁ」内心番長のセリフに微妙な感情が湧き上がるが、それは置いておく。
番長は右腕を振りかぶり一撃を放つ。大きく孤を描いて、番長の豪腕が出雲嬢に迫る。殺気はない。おそらく当てる気はないようだが、万一ということもある。
その拳は間一髪で、迷わず二人の間に割り込んだ僕の眼前で静止した。
僕に押しのけられて、出雲嬢はたたらを踏んで数歩後ろに下がる。
止められたとはいえ、その拳の威力は消えず、拳に押しのけられた空気が、風となり僕の顔をなでた。
ふう~。間に合ったか。出雲嬢に怪我がないことを確認すると、僕は内心胸をなでおろす。
僕のせいで、かわいい後輩に怪我でもさせたら、責任の取りようがないところだ。
「ふん。俺様は女子供などなぐらん。仮に貴様が割り込んでこなかったとしてもなぁ。しかし興ざめだ。その小娘に免じ、今回は引こう。またあらためて、貴様とは語らうとしようぞ。うあはっはっはっは~」
馬鹿笑いを食堂中に響かせて、番長は悠然と食堂から歩き去っていく。ん~なんか、僕が『女』子供でないと言われているようでちょっとショックだなぁ。番長への憤懣が更に積み重なった。
緊張がとけ、ぐったりと倒れそうな出雲嬢を僕はあわてて抱きとめた。
緊張が解けたのか、その体はカタカタと小刻みに震えていた。
ぼろぼろと涙が、その大きな瞳から滴り落ちる。
う~む。僕のために怒ってくれたのはうれしいのだが、自分から殴りかかるのは流石にまずい。
僕は心を鬼にして、そのことをたしなめる。
ここは先輩としてきちんといわないといけない。
僕の言葉に、彼女は一瞬びくっと、体を強張らせた。
「わた、私…」
その唇はなんとか、言葉を紡ごうとしているが、うまくいかないようだ。
こんな場合は……どうするべきか。とりあえず、僕は昔、姉様が僕にしてくれたように、出雲嬢を抱きしめ、耳元で礼を言ってみた。
その言葉に彼女の体から緊張が解ける。
姉様も、僕が落ち込んだ時はいつも、こんな風に抱きしめ慰めてくれたものだ。
僕が、男子ならば、もっと気の利いた言葉を掛けられるかもしれないのだが……。
如何せん、なんともし難いな。
周りの好奇の視線も気にならないわけではが、こんな場合はすぐ対処しないと、出雲嬢の心にトラウマが残る可能性がある。
視線などは気にしている場合じゃない。
しかし、番長。この借りは、いずれ返させてもらうぞ。
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