第53話 違和感
「そんな……ライアンさんがベオウルフ様でしたの?」
ロゼミはショックを受けたように呆然とした表情で俺を見てくる。
「濡れ衣だ」
「往生際が悪いわよ。たとえ旦那だろうと犯罪者は犯罪者。刑事として現行犯で逮捕させてもらうわ」
ディアナは俺の両手に手錠をかける。
あまりの急展開に周囲も唖然としており、誰もが言葉を失っていた。
「待ってよ! パパが盗んだとは限らないじゃん!」
そんな中、真っ先に声を上げたのはアイだった。彼女は必死の形相で矢継ぎ早に訴える。
「だって、身体検査のあとでポケットに入れたのならベオウルフがパパに罪を着せるために忍ばせることだって可能だよ」
「そうなるとそれができるのはあたしだけになるわね」
「それは……」
アイはディアナがベオウルフの変装だと疑っていたようだが、その推理は現時点の情報だけでは成り立たないことをアイ自身がよく理解していた。
「私はベオウルフと会話していたし、犯行当時のアリバイはあるわ。それに対してライアンは人混みに紛れてベオウルフを捕まえる隙を窺っていた。少なくとも、ロゼミやヴィクトル博士もベオウルフがいた瞬間にライアンを見ていないでしょ」
「それはそうですが……」
「ええ、確かに私も見ていませぬな……」
二人の反応を見たあと、ディアナは改めて俺に向き直ると淡々と告げた。
「ライアン・スローン。窃盗および住居不法侵入の罪で逮捕します」
「仕方ない。反論の続きは署でさせてもらうか」
この場はおとなしく従う意思を見せると、アイは泣きそうな表情を浮かべた。
「みんな。悪いけど私一人で連行させてもらえないかしら? 積もる話もあるからね」
ディアナが悲しげな表情でそう告げると、捜査二課の人間に反対する者はいなかった。
「待ってよママ!」
ディアナに連行されて展示室を出ると、納得がいかなそうな表情のアイが展示室を飛び出してくる。
「ごめんね、アイちゃん」
「あっ」
俺はその瞬間、アイの表情が明確に変化したのを感じた。
そうこの顔は全ての謎が解けた名探偵の表情だ。
「ママが私を〝アイちゃん〟って呼んでたのはついこの間まで、つまり――」
今まで引っかかっていた全てのピースが填まり、謎が解けたことでアイは名探偵のように犯人を指差した。
「怪盗ベオウルフはパパじゃない! ママだよ!」
アイが叫ぶのと同時にトイレの方から激しい破壊音が鳴り響いた。
「走って!」
ディアナは慌てて俺の手を引いて走り出す。
「べぇぇぇおぉぉぉうぅぅぅるぅぅぅふぅぅぅ!」
地獄の底から響き渡るような声が轟く。
「ひっ……!」
隣のディアナが小さく声を漏らす。
その顔には一切汗が浮かんでいないが、俺には冷や汗がだらだらと流れているように見えた。
迫る足音はどんどん近づいてくる。
息を切らしながら屋上にたどり着いたとき、俺達の後ろには白を基調としたドレスに身を包み、バッチリとメイクを決めて美人に拍車がかかった状態のディアナが立っていた。
なるほど、ドレスにハイヒールだったから追ってくるのが遅かったのか。
「やってくれたわね。ベオウルフ!」
ディアナは怒り心頭といった様子でもう一人のディアナを睨む。
すると、いつものスーツを着た方のディアナは諦めたように笑って変装を解いた。
「おや、ディアナ警部。その衣装、大変お似合いですよ」
変装を解いたベオウルフは優雅な動作で一礼する。
ちょうどそのとき、夜空にかかっていた雲が晴れ、月明かりが屋上を照らし出す。
まるで、全てが始まったあの日のようだ。
「よくもまあ、新婚の女をひん剥いてくれたわね! そのうえ、人の旦那に罪を着せようとするなんて許さないわよ!」
「はっはっは、旦那様は逃走手段のために確保したまでです。無粋な真似をしたことは謝罪致します」
ディアナはそう言うと、懐から拳銃を取り出した。
ベオウルフは余裕のある笑みを浮かべてそれを受け流す。
「これ以上無粋な真似はできませんね。旦那様はお返し致します」
ベオウルフは俺をディアナに向かって突き飛ばす。
両手を拘束されている俺はバランスを崩して転倒しそうになるが、ディアナが抱き止めてくれて事なきを得た。
「それでは真実もいただいたことですし、今度こそお暇させていただきますよ」
その隙にベオウルフは飛行装置で上空に飛び立つ。
「待ちなさい!」
「どうかお幸せに! Adieu!」
ディアナがすぐさま発砲するが、ベオウルフはそれを避けるとそのまま飛び去っていった。
ベオウルフの姿が見えなくなるのを確認すると、ディアナは銃を下ろして闇夜に向かって叫んだ。
「ちょっとぉぉぉ! あたしの服返しなさいよぉぉぉぉぉ!」
後日、ドレス姿のディアナが朝刊の一面を飾り、ネット上にディアナの非公式ファンクラブが出来上がった。
俺はその日、ディアナが酔い潰れるまで酒に付き合わされるはめになるのであった。
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