第52話 ベオウルフの正体

「どうしましょう! せっかく、真実を用意したのに本日はベオウルフ様とお言葉を交わせませんでしたわ!」

「んなこたぁどうでもいいのよ!」


 ベオウルフと話せなかったショックで膝をつくロゼミに対し、ディアナは苛立ったように叫ぶ。

 それから俺の方を向くと、真剣な表情を浮かべて尋ねた。


「ライアン、本物か確認して」

「あいよ」


 展示ケースに被せられた布を取り払い、ロゼミに展示ケースの鍵を開けてもらう。


「こちらですわ」

「ありがとな」


 手袋をはめると、ロゼミが俺に台座に鎮座する真実を渡してくる。

 俺は真実を手に取ると懐からルーペを取り出してじっくりと鑑定を行う。


「やっぱり偽物にすり替えられてやがるな。博士も見てみろ」

「う、うぬぅ? 宝石は専門外なのですが……」

「くそっ、やられた!」


 ディアナは悔しそうに地団駄を踏む。

 展示ケース内の宝石は、偽物とすり替えられていた。

 捜査二課の刑事達はまたやられたと天を仰ぎ、ギャラリー達は大いに沸いていた。


「待って」


 誰もがベオウルフの勝利を確信したそのとき、アイは堂々とした態度で告げた。


「本物はまだこの展示室の中にあるよ」


 しんっと静まり返った空間の中、アイはゆっくりと歩き出して物語の中の名探偵のように語り出した。


「今回の事件。まず、おかしな点が一つあります」


 指を一本立て、彼女は続ける。

 その口調は普段のアイとはまるで違っていた。

 普段は間延びしているはずの声音は凛とした鋭さを帯びている。

 その姿はまるで、かつて名探偵と呼ばれたプライ姉さんとそっくりだった。


 そんなアイの姿に皆一様に息を飲み、彼女の次の言葉を待っている。

 いつの間にか煙幕も晴れ、照明が戻って館内には明かりが灯っている。

 だが、彼女が放つ独特の雰囲気がその光すら覆い隠すほどに輝いて見えた。


「ベオウルフはどうしてこんなことをする必要があったんでしょうか」

「……どういう意味ですの?」


 アイの問いかけにロゼミが頭上に疑問符を浮かべる。


「わざわざ真実のすり替えなんて面倒なことをしなくても、他にいくらでも方法があったはずですよ」

「それは、確かに……」


 アイの言う通り、真実のすり替えをするメリットは少ない。

 ただ盗むのならばケースを開けて取れば終わる。

 しかし、すり替えをするとなると、まず本物そっくりの偽物を用意した上で盗んだあとに本物があった場所に置かなければいけない。

 要するに、手間もかかる上にコストパフォーマンスも悪いのだ。


「それなのに、彼は真実のすり替えを行った。その理由は簡単です」


 そこで一拍置くと、アイはニヤリと笑って言い放った。


「犯人はケースを開けたあとにすり替えたからです」


 この程度のトリック、アイにとっては始めから答えがわかっていたようなものだ。


「となると、入れ替えが可能だったのは宝石に触れたロゼミさん、パパ、ヴィクトル博士の三名に絞られます」

「ま、そうなるな」


 至極当然の結論に俺は肩を竦める。


「じゃ、身体検査だな」


 アイの思惑はわかっている。

 ここで身体検査を行えば、ベオウルフは詰み状態。

 捕まらないためには宝石を投げ出して逃げなくてはいけなくなる。

 ベオウルフを捕まえることが本意ではないアイとしては、それが最も理想的な状況なのだろう。


「身体検査はあたしがするわ」


 ディアナが一歩前に出る。

 ロゼミもヴィクトルもディアナならと納得した表情を浮かべる。もちろん、俺もだ。


 そして、その場で身体検査が始まった。

 手荷物から衣服のポケットまで入念に調べられるが、俺も含めて誰からも真実は出てこなかった。

 事件は振り出しに戻ったと思われたそのとき、徐にディアナが告げる。


「ライアン、胸の中を見せてくれる」

「おいおい、そこは今チェックしたばかりだろ」


 俺は呆れたように言ってやる。たった今、何もないとわかったところを調べても何も出てこないのは明白。

 しかし、ディアナは自信を持って自分の推理を語った。


「優秀なマジシャンは手の中にすら物を隠すことが可能よ。Mr.ネロの息子で彼の修行を終えたあなたなら身体検査の間は手の中に隠して、その後袖を通して胸ポケットに入れるなんて造作もないわよね?」

「お待ちくださいな、ディアナ警部。その言い方だとまるでベオウルフ様がライアンさんに変装しているのではなく、ベオウルフ様の正体がライアンさんだと言っているようではありませんか」


 ロゼミの言葉に、ギャラリー達からどよめきが起こる。

 当然である。素性が一切不明だった怪盗の正体が刑事の旦那の探偵だったなんて大ニュースだ。


「そう言ったのよ」

「あのなぁ、お前旦那を疑うのかよ」

「旦那だからよ」


 ディアナは有無を言わせずに俺の胸ポケットを弄ってくる。


「やっぱりね」


 そして、俺の胸ポケットからは神々しく輝く真実が出てきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る