第41話 アイボリーハウスの残滓

「エリィさん!?」

「エリィが、撃たれた……」

「知り合いだったのか。幸い、銃弾は摘出されて本人の意識もはっきりしている。今はバーシル中央病院に入院しているよ」


 エリィがアイを助けようとして撃たれ、入院している。

 それを聞いた俺はいても立ってもいられず、立ち上がった。


「ディアナ。ここは任せた!」

「あっ、ちょっとライアン!?」


 俺は急いでバーシル中央病院へと向かった。

 タクシーに乗って病院に到着した俺は受付で尋ねる。


「すみません、エレノア・ルカードの面会に来たんですけど病室はどこですか?」

「ご家族の方ですか?」

「はい、兄のライアンと申します」


 今は一分一秒も惜しかった。

 慌てている俺の様子を見て、問題ないと思ったのか受付の女性はすぐに病室を教えてくれた。

 平時なら問題になるだろうが、今はただただありがたい。


「エリィ無事か!?」

「あっ、ライアンさん」


 病室に入ると、腕をギプスで固定したエリィがパックのトマトジュースを飲んでいた。


「話は警察から聞いてる。大丈夫なのか?」

「ええ、私は銃で撃たれただけですからピンピンしてます」


 普通の人間は銃で撃たれたらピンピンしていないのだが。

 しかし、今はただエリィが無事であることに安堵した。


「でも、ごめんなさい。アイちゃんを助けられませんでした……」

「気にするな。アイは俺が必ず助ける」


 落ち込むエリィを慰めると、俺は誘拐犯達の特徴を尋ねる。


「それで、アイを攫った連中ってのは?」

「たぶんですけど、〝ハンターズ〟の人達だと思います。やけに手際が良かったですから」


 ハンターズはこの街では有名な人攫いのプロ達の集団だ。

 行き場のないグレた若者達が金稼ぎのために集まり、今ではバーシル街じゃ彼らの存在を知らない者はいない。


「人攫い専門の半グレ集団の仕業か……」

「アイちゃんが攫われた理由には心当たりがあるんですか?」

「まあな……」


 アイが狙われた理由は単純明快で金になるからだ。

 彼女を誘拐するように、高額でハンターズに依頼した連中がいるのだろう。


「私も手を貸しますよ」

「お前は撃たれてるだろ。今は安静にしておいてくれ」


 この件は俺が蒔いた種だ。俺の手でケリを付けなければならない。


「ライアンさん、絶対にアイちゃんを助けてください」

「当たり前だ」


 俺は情報を探るために病院を後にした。

 歩きながらも思考を巡らせる。

 ハンターズの背後に存在する組織、それは巨大犯罪組織ハロウィン・シンジケート。その中でも、末端に位置する組織だ。

 その組織はかつて潰れた孤児院アイボリーハウスの運営の残党だろう。


 アイボリーハウスは表向きは政治家が運営する孤児院ということになっていたが、その実態は非人道的な実験を行う研究施設だった。

 アイはアイボリーハウスで行われている実験の被検体の一人だった。

 俺は依頼でアイボリーハウスの実態を調べていく内にアイの存在を知り驚いた。

 アイの見た目は亡くなった姉プライ・スローンと瓜二つだったからだ。

 プライ姉さんに娘がいたなんて話は聞いたことがなかったが、俺には彼女を救わないという選択肢はなかった。

 アイボリーハウスの実態を掴み、それを世間に公表したことで施設は潰れた。

 それから紆余曲折を経て、俺とアイの生活が始まったのだ。


「悪いけど、ハンターズに変わった動きはまだ見られてないな」

「そうか、時間を取らせて悪かったな」


 知り合いの情報通に話を聞いても手がかりは得られなかった。

 それだけアイの件は情報が伏せられているようだ。


「ライアン、探したわよ!」


 街で聞き込みを終えて事務所に戻ってきたタイミングで、ディアナと出会う。

 どうやら、ディアナはアレク警部から話を聞いた後で俺を捜し回っていたようだ。


「アイちゃんに関する情報何か掴めた?」

「いや、空振りだ」


 本当はまだ探し出す絶対的な手段がある。

 しかし、それをディアナに教えることはできないし、何よりもこれ以上この善良な女刑事を裏の事情に巻き込むことはできない。


「ディアナ、お前はこの事件から降りろ」

「え?」

「お前の〝怪盗の正体を知りたい〟って依頼は達成された。だったらこれ以上俺達に付き合う義理はない」


 親父は世間的に死んだことになった。

 それで表向きは全てが終わったことになったのだ。


「何言ってんの! 私はアイちゃんの――」

「母親代わりか? それももう終わりだ。依頼料は確かに受け取った」


 アイの笑えない冗談から始まった関係だったが、もう終わらせるべきだ。


「これ以上首を突っ込むな。命がいくつあっても足りないぞ」


 もう正義感から裏社会の事情に首を突っ込んで誰かが命を落とすところは見たくない。

 特にディアナみたいな性格の奴は裏社会に足を踏み入れた瞬間に命を落とす。俺はこの目で見てきたからわかる。


「赤の他人が命を懸けるな」

「赤の、他人……」


 俺の言葉にショックを受けたように一歩下がると、ディアナは唇を噛みながら静かに頷いた。


「わかったわ……」

「今までありがとな」


 俺はディアナに別れを告げると、そのまま事務所に入ってベッドに寝転んだ。


 寝付きは最悪だった。

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