第40話 エレノア・ルカード

 朝になって目が覚めると、俺はそのままソファーの上にいた。

 毛布が掛かっているとところを見るに、ディアナがかけてくれたのだろう。


「頭痛ぇ……」


 二日酔いのせいか、頭にズキズキした痛みが走る。

 いくらなんでも羽目を外しすぎたか。

 周りを見てみれば、アイもディアナも事務所にはいなかった。アイは学校、ディアナは買い出しにでも行っているのだろう。

 水でも飲もうと流しに向かったとき、事務所の電話がけたたましく鳴り響く。

 二日酔いの頭に追撃をかましてくる音に苦しみながらも、俺は受話器を取った。


「お電話ありがとうございます。スローン探偵事務所です」

『ライアン君、私だ。仕事を頼みたいのだが……』


 その声を聞いた瞬間、ボーッとしていた頭が急速に冷めていくのを感じた。

 依頼人はうちのお得意様だ。うちの探偵事務所は依頼内容をネットで受け付けているが、未だに電話で依頼してくる人もいる。

 この人もそんなアナログ派の一人だ。


「いつもありがとうございます。申し訳ないのですが、しばらくの間依頼を受けられなくなりそうなんです」

『ほう』


 この人からの依頼は絶対に受けることにしている。

 それ故に、向こうも依頼を受けてもらうこと前提で話を進めている。

 だが、今回は受けられないと伝えなくてはならない。


「そういうわけで、今回の依頼は見送くらせてください」


 俺は平身低頭の思いで告げる。

 どうせ簡単に引き下がってくれないことは理解している。

 このお得意様は俺にとって生命線とも言える相手だ。本来ならば、何があっても下手に出なければならない相手なのだ。


『わかった。では、後日改めて依頼するとしよう』


 何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうほどに、意外にもあっさりと折れてくれた。

 俺は安堵のため息と共に素直に感謝の意を述べることにした。


「……ご理解いただき感謝致します」


 電話を切ると、頭を切り換えて働くための気力を高める。とりあえず、二日酔いで痛む頭をなんとかしなければ仕事にならない。

 俺は薬箱から市販の鎮痛剤を取り出して飲むと、再びソファーに戻って横になる。

 それからどれだけ時間が経っただろうか。

 再び事務所の電話がけたたましく鳴り響いたことで俺は目を覚ました。


「お電話ありがとうございます。スローン探偵事務所です」

『こちらアイ・スローンさんのお宅の電話番号で合っていますでしょうか?』

「はい、アイは俺の娘ですが……」


 どうやら次の電話は依頼人ではないようだ。

 どこか慌てたような声に首を傾げていると、電話の向こうから衝撃的な言葉が聞こえてきた。


『スローンさん、落ち着いて聞いてください。娘さんが誘拐されました』

「は?」


 驚きのあまり受話器が手からこぼれ落ちる。

 アイが、誘拐された……?


『犯人から何か連絡などはありませんでしたか? あの、スローンさん? 聞こえていますか?』


 落下した受話器から聞こえてくる声は既に耳に入っていなかった。

 俺は事情を把握するために、すぐに警察署に向かった。


「ライアン、アイちゃんが誘拐されたってホント!?」

「ああ、俺もさっき連絡受けてすっ飛んできたんだ」


 警察署につくと、ちょうどそこには連絡を受けたらしいディアナもいた。


「でも、どうしてアイちゃんが……」


 ディアナは困惑したようにおろおろとしている。

 心当たりはある。

 だが、それをこの場で告げることはできない。


「二人共、大丈夫か?」

「アレク警部! 一体何がなんだか……」

「とにかく詳しい話は中でしよう」


 アレク警部に連れられて俺達は開いている会議室へと通された。


「まず、アイちゃんが浚われたのはつい先程のことだ。学校へ登校中のアイちゃんの前に白いバンが停まり、降りてきた複数人の男達に無理矢理バンに乗せられたらしい」


 アレク警部は目撃者から聞いた事件発生時の様子を語る。


「その現場を目撃した女性が急いでバンを追った。そしてアイちゃんを一旦は取り戻したらしいんだが、犯人達の別働隊に襲われ、肩を撃たれてしまったんだ」

「一旦取り戻したってすごい人ですね」

「ああ、格闘技を囓っていたらしくてな。しかし、アイちゃんを守りながら複数人と闘うのは厳しかったようだ。相手は銃を持っていたしな」


 複数人との戦闘ができる腕の立つ女性。

 そんな人間に俺は心当たりがあった。


「アレク警部。その女性って……!」

「エレノア・ルカードさん、二十七歳。飲食店勤務の女性だ」


 エレノア・ルカード。それはエリィのフルネームだ。


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