第35話 爆破犯

「親父、何があった!?」

「パパ!」

「あっ、ライアン! あれ、エリィさん。何でここに?」


 親父の楽屋に戻ると、そこには親父やヤジマさんの姿はなく、ディアナとアイだけがいた。


「観客として来てたけど、トイレに行こうとして道に迷ってたんだ。それより、親父やヤジマさんは?」

「それがさっきの揺れでアイちゃんを庇って机の下に潜り込んで、揺れが収まって机から出たら二人共いなくなっちゃったのよ」

「この緊急事態に何やってんだあのクソ親父!」


 悪態をついたところで状況が最悪なことに変わりはない。


「パパ、この火事ってやっぱり……」

「ああ、マジック用に運び込まれた火薬を使ったんだろうな」

「てことは、やっぱり犯人はあの人だね」


 アイは予想通りという表情を浮かべると、真剣な表情で俺達に指示を飛ばす。


「パパとママは脱出手段を探して! エリィさんはダメ元で消防に連絡して屋上に救助ヘリを呼んで!」

「わかりましたけど、どうしてダメ元なんですか?」

「ここは携帯の電波が入らないから、内線しか使えないの! 今時、ピッチなんて誰も持ってないだろうし、とにかく試してみて!」

「わ、わかりました!」


 子供相手だというのに、アイのあまりの剣幕に押されたのかエリィは敬語で答えていた。


「ディアナ、行くぞ!」

「わかった! アイちゃん、この部屋で大人しくしてるのよ!」


 俺とディアナも脱出手段を探すために急いで楽屋を飛び出した。

 廊下を走りながら、ディアナは困惑したように俺に尋ねてくる。


「脱出手段を探すって言ってもどうするのよ?」

「まずは非常階段を探す。このビルは防火がちゃんとしているからそこから出れるはずだ」


 もし非常階段が封鎖されていた場合は、窓から飛び降りることになるだろう。

 とはいえ、その窓も嵌め殺しの強化ガラスだから開くことはないのだが。


「開けるわよ」

「っ! ダメだ、ディアナ!」


 俺は嫌な予感がしてディアナの手を掴んで引き寄せる。

 ディアナが開けたドアからは熱風が吹き荒れ、非常階段が火の海になっていることを示していた。

 つまり、親父の命を狙った犯人は最初から退路を全て潰していたのだ。


 そこで俺は違和感を覚える。

 本当に親父の命を狙っているのは鮮血鬼カーミラなのか、と。


 親父が組織から命を狙われる理由はわかっている。

 組織に所属する随一の殺し屋のカーミラが親父を狙うのも納得できる。

 だが、標的以外を殺さないカーミラが俺達を巻き込んだりするだろうか?


「あ、あのー……そろそろ離してくれない?」

「おっと、悪い」


 思考に没頭していたせいか、ディアナを抱きしめたままだったことをすっかり忘れていた。


「ありがと……」


 飛びのくように俺から離れると、ディアナは髪をいじりながら消え入るような声で礼を述べた。

 俺は離れた場所から蹴りで扉を閉めると、他の階段の方へと向かう。

 しかし、結果はどこも火の海という最悪の結果だった。


「ディアナ、保管庫に行くぞ」


 そうなるともう選択肢は一つしかない。


「保管庫?」

「下の階に降りるのも屋上に行くのも無理。そうなったらこのフロアの窓から飛んで逃げるしかない」


 上に行くのも下に行くのも完全に塞がれた。

 八方塞がりの俺達に残された唯一の脱出方法は、もうアクションスターの如くビルから飛び降りるくらいしかなかった。


「だから、ネロ奇術団のマジック用具で使えそうなものを探すんだよ」

「でも、マジックショーは終わっちゃったでしょ?」

「いや、荷物の撤収作業は途中だったはずだ。まだいくつか残っている」


 親父とヤジマさんという責任者がまだ残っていたのがその証拠だ。

 それに親父のことだ。この事態を予想していたのならば、絶対にここから脱出するためのアレを用意しているはずだ。

 保管庫の前に到着すると扉には鍵がかかっていた。

 ディアナが慌てて力任せに開けようとするが、扉はビクともしない。


「鍵がかかってるみたいね。あたしが探してくるわ!」

「いや、そんな時間はない。俺に任せろ」


 俺は上着の内ポケットから探偵道具でもあるピッキングツールを取り出した。


「ここをこうしてっと……ほい、開いたぞ」

「開いたぞってあんた、それピッキング……」

「親父に散々仕込まれたんだ。これくらい朝飯前だっての」


 世界的なマジシャンに仕込まれた技術は、今の仕事に嫌というほどに活かされている。

 ディアナも複雑そうな顔はしていたが、緊急事態のためそれ以上追及することはなかった。


「やっぱり、予想通りだ」


 保管庫に入った俺はバラバラに保管されているお目当てのパーツを見つけては組み立てていく。

 すると、俺もディアナもお馴染みのものが出来上がった。


「よし、これで組み立て完了だ!」

「えっ、ちょ……これって」


 俺の目的は、この場所に置いてあるであろう無風でも飛べる飛行装置とハングライダーだった。それとパラシュートまで隠してあったので、これも拝借させてもらった。


「ディアナ、思うことはたくさんあるだろうが、今は緊急事態だ。話はあとでもいいよな?」

「……ええ、そうね。余計なこと考えてたら焼け死んじゃうものね」


 ディアナの表情には影が差していた。

 無理もない。大ファンだったマジシャンが有名な犯罪者である可能性があるなんて考えたくもないだろう。


「ひとまず、アイのところに向かってエリィとも合流するぞ」

「そうね、でもそのハングライダーとパラシュートで脱出できるの?」

「強化ガラスさえぶち破れればって前提があるが……ディアナ、どうだ?」

「拳銃は持ってきてるし、銃弾でヒビを入れれば蹴破れるわ」

「頼もしい限りだな」


 今はディアナの警察という立場と優れた身体能力がただただありがたい。

 彼女がいなかったら、この場からの脱出は厳しいものになっていたかもしれないのだ。

 火の手が回ってきたため、俺とディアナはハンカチを口に当てて廊下を駆ける。


「アイ、脱出手段を見つけたぞ!」


 楽屋に入ると、そこには誰もいなかった。


「どうしよう、ライアン!? アイちゃんがいないわ!」

「ったく、推理ショーには呼べっての……」


 アイがいない理由を考えて、一つの結論に至る。

 あの子は気になることがあると、じっとしていられない性格だ。


 ということは、だ。

 アイはこの爆破事件の真相を全て解明して、真犯人の元へと向かったということだ。


「たぶん、アイはステージだ」

「どうしてわかるの?」

「これでも父親だからな。ディアナもそのうちわかるようになるさ」


 俺は急いでステージへと向かう。

 すると、そこにはステージの中央に立つ親父とアイがいた。


「このビルを爆破した犯人……それはあなたしかいない――Mr.ネロことコネロック・スローンさん!」

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