第34話 治安の悪い街で探偵がいる場所
しばらく歩いて人気の少ない場所を見つけると、壁に背を付けてしゃがみ込む。
頭を冷ますために深呼吸を繰り返すが、気分はまったく晴れず、むしろ苛立ちが増してくるばかりだ。
「プライ姉さん……」
地獄のどん底にいた俺に希望を与えてくれた俺にとってヒーローだった人。
世間的にも有名な名探偵だった彼女は、親父に反対されながらも探偵となり数々の難事件を解決してきた。
名探偵プライに解けない謎はない。
俺がまだガキだった頃はそんな言葉がどこからでも聞こえてきた。
『大丈夫、あなたもあなたの大切な人も私が守ったげるから!』
だから、信じてみようと思ったんだ。
この人になら全てを託してもいい。
そう思って送り出した彼女が帰ってくることはなかった。
「はぁ……何やってんだかな」
この世には決して触れてはならない真実もある。
プライ姉さんはそれに触れて死人となった。
だというのに、俺はまた期待しようとしている。
それがいかに愚かな行為かは痛いほど知っているというのに。
「あれ? ライアンさんじゃないですか!」
「エリィ、お前どうしてここに?」
俺は突然背後から掛けられた声で、思考の海から現実に引き戻される。
振り返るとそこには、いつもより着飾った姿のエリィがいた。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「いやぁ、ショーを見終わった後にトイレに行こうとして迷っちゃって」
「相変わらずの方向音痴だな」
「えへへ……」
俺が呆れてため息をつくと、エリィは照れ臭そうに笑う。
そこでふと、彼女のがこの場にいることに違和感を覚えた。
「エリィは何でマジックショーに?」
「私、怪盗ベオウルフも好きですけど、マジックショーも同じくらい好きなんです!」
「よくチケット取れたな。結構倍率えぐかっただろうに」
ネロ奇術団のマジックショーはいつも大人気でチケットを購入するときはいつも抽選になってしまう。
いくらファンだといっても、チケットが取れる可能性は限りなく低いだろう。
「それが変なんですよね」
すると、エリィは人差し指を頬に当てて不思議そうな顔で首を傾げた。
「私の住んでるアパートのポストに無地の封筒に入ったチケットが投函されてたんですよ。チケットの抽選外れのメールが来たはずなのに、変だと思いませんか?」
「確かに変だな」
もちろん、常連客の誰かが気を利かせてプレゼントしてくれた可能性もある。エリィのファンは多いからな。
しかし、匿名ではわざわざ気を利かせる意味はない上に、当選確率の低いチケットを無償で渡すとも思えない。
「でも、見たかったショーのチケットだし、いっかなって!」
「良くねぇだろ。住所特定されてんだぞ。もっと危機感を持て」
これがエリィの何かを特定する罠だとしたらシャレにならない。
「じゃあ、ライアンさんが守ってくれますか?」
「当たり前だ。困ったことがあれば何でも言えよ」
エリィのためならたとえ火の中水の中だろうと飛び込んでいくつもりだ。
「それより、エリィの周りで変わったこととかなかったか?」
「うーん、最近誰かに見られているような感じはありましたけど、それくらいですねー」
「十分俺に相談すべき案件じゃねぇか。それくらいの調査ならタダでいくらでもやるってのに」
「えー、別に大したことじゃないですし、いっかなって」
どうしてこいつにはここまで危機感がないのだろうか。
エリィはどうにも大抵のことは気にせずに〝ま、いっか〟で済ませる癖がある。
少しは心配しているこちらの身にもなってほしいものだ。
「とにかく、この後に何かしらやばいことが起きるってことはわかったよ」
「えっ、何が始まるんです?」
「わからないのか、事件だよ」
高層ビル、殺人未遂の痕跡、マジックのために用意された大量の火薬、集められた俺の関係者……事件の予感しかしない。
「またまたぁ。いくらここが治安の悪い街だからって、そうそう事件なんて――」
エリィの言葉の途中で、連鎖的な爆発音と共に激しい揺れが起こる。この感じ、下の方のフロアが爆破されたとみた。
『七十階オフィスフロアで火災が発生しました! エレベーターは危険ですので使わないでください! 慌てず、落ち着いて避難してください!』
けたたましく館内に鳴り響く非常ベルとアナウンスの音声を聞いてエリィの笑みが引き攣る。
「起きないといいなぁって思ってました……」
「治安の悪い街で探偵がいる場所は何が起こってもおかしくない。また一つ勉強になったな」
「いりませんよ、そんな豆知識!?」
ぐずぐずしている暇はない。
俺はエリィの手を引いて親父の楽屋へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます