第26話 鮮血鬼カーミラ
怪盗ベオウルフ宝石返却騒動も終わり、俺達は穏やかな日常を過ごしていた。
「ねぇねぇ、パパ。ベオウルフの調査はいいの?」
「ロゼミに予告状が届いたんだ。わざわざ調べる必要はないだろ」
「高額な依頼なんだから本気で取り組みなよー」
アイは冷ややかな視線を向けてくるが、俺は無視して新聞に目を落とす。
そこには先日の事件のことも書いてあり、スタンリーさんに事件のことを伝えなかった俺の気遣いは無駄となったことを理解した。
その他には、政治家の汚職事件や、最近起きたゴシップライター殺人事件についての記事が載っていた。
まあ、一面にデカデカと載っているのはベオウルフから宝石の返還の予告を受けたというロゼミについての記事なのだが。
「相変わらずこの街は物騒だねぇ。一周回って安心してくるくらいだ」
「パパ、不謹慎だよ」
「バーカ、バーシル街の探偵と弁護士は他人の不幸で飯食ってんだ。不謹慎もクソもあるか。それに死体を前にしてキャッキャして謎を解こうとするお前に言われたくないっての」
本当この子の倫理観はどうなっているのだろうか。親の顔が見てみたいもんだ。親は俺だったわ。
そんなことを考えていると、呼び鈴の音が聞こえてきた。
恐らく客人だろうと思い、アイと一緒に出迎えに向かう。
するとそこには、帽子からボサボサの灰色髪がはみ出ているベージュ色のスーツを着た中年男性がいた。
その男性のことは良く知っている。
「アレク警部、どうしたんですか急に」
「わあ、警部さんだ! いらっしゃい!」
「やあ、ライアン君。それにアイちゃんも。急にすまんね」
アレクシス・ブライト警部。捜査一課に所属する敏腕警部だ。俺は親しみを込めて愛称で呼ばせてもらっている。
最近ではいくつもの難事件を解決しており、警察上層部でもかなり評価されているらしい。
彼には以前に事件現場に居合わせて事件解決に協力したこともあり、こうして俺の探偵事務所を度々訪れる仲となった。
「ちょっと先日起きた殺人事件のことで相談したいことがあってね」
「立ち話も何ですし、中へどうぞ」
玄関先でする話ではないので、俺はアレク警部を事務所内へと招き入れる。
アレク警部がソファーに腰掛けると、アイはすぐに紅茶を出した。
「どうぞ!」
「おお、ありがとうアイちゃん」
アレク警部は紅茶を一口飲むと、少し表情を和らげた。
再び真剣な顔つきになると、事件について語り始めた。
「実は先日、ゴシップライターの男が殺されてな」
「ああ、その記事ならちょうどさっき読みましたよ」
今朝の朝刊には、つい最近ゴシップライターの男性が死んだという記事が掲載されていた。
取るに足らないブランニュイ市で起きるいつもの殺人事件だが、詳細は暗記済みだ。
被害者はジャン・ダミアーノ、六十七歳。……俺の親父と同い年だな。
嘘だか本当だかわからない記事ばかりを書き、芸能人や政治家からは嫌われている存在だ。
言っちゃ悪いが、誰に殺されていても不思議ではない。
「それでわざわざここに来るってことは何か」
「ああ、ライアン君の意見も聞きたくてな。これが現場で殺されたガイシャの写真だ」
俺の言葉にアレク警部は一枚の写真を取り出した。そこに写っていたのは、一人の男性の遺体。彼がジャンなのだろう。
「綺麗に頸動脈を切られていますね。凶器は相当鋭利な刃物ですね……」
遺体の傷跡を見て、俺はそう判断する。
頸部を鋭利な刃物で切り裂いた痕がある。傷口にかかっているコーヒーは殺されたときにテーブルの上にあったものが零れたのだろう。
「ジャンの住むマンションでは不審人物が一切確認されなかった。監視カメラにもマンションの住人が出入りしている様子しか映っていない」
「つまり、犯人は監視カメラの位置を正確に把握した上で犯行に臨んだと」
「そうだ。そして、マンションの住人のアリバイを調べていたらおかしなことがわかった」
もったいぶるように少し溜めると、アレク警部は神妙な面持ちで告げる。
「同じ時間に二ヶ所に存在したマンションの住人がいるんだ」
「そいつはまた奇怪な」
通常であれば絶対に起こりえないことだ。
しかし、マジックに種が必ず存在するように、起きた現象にはかならず原因が存在する。
今回の場合で考えられるのはアリバイトリックだ。
証人を抱き込んでいるか、はたまた犯行現場とアリバイが証明された場所の移動時間を短縮する何かがあるか。
要するに、うちに舞い込んでくる警察からの面倒な依頼のパターンというわけだ。
「凶器は見つかってるんですか?」
「それが見つかってないんだ……」
「てことは、犯人が持ち去っているか、警察でも見つけられない場所に捨てたか」
ブランニュイ市警の警察は優秀だ。
ディアナも毎回ベオウルフに逃げれられてポンコツ扱いされているが、刑事としての実力は高い。
そんな彼らが凶器を見つけられないということは、そこでも何らかのトリックが使われた可能性がある。
「おかしなことはまだある。検視に回した遺体が盗まれたんだ」
「遺体が盗まれた?」
「ああ、輸送中に交通事故が起きてね。その隙に何者かに盗まれてしまったんだ」
「とんでもない犯人っすね」
大方、殺しの決定的な証拠が遺体にあり、それを隠すために遺体ごと盗んだのだろう。
それにしてももう少しやりようはあるだろうに。
「ちなみに、その同じ時間に二ヶ所に存在したマンションの住人ってのは?」
「被疑者はミガリー・ドール、二十五歳。銀行員の女性でガイシャとの繋がりも同じマンションということ以外に繋がりはない」
一番の被疑者は動機がなく、凶器も見つからない。そのうえ、死体は盗まれたときた。
はっきり言って俺の手に負える事件ではない。
「まあ、何かしらのアリバイトリックを使っている可能性が高いでしょうし、そのミガリーさんを粘り強く取り調べるしか――」
「ねぇねぇ、おかしくない?」
俺の言葉を遮ってアイが会話に割って入ってくる。
「どこがおかしいんだ?」
「だって、被害者の傷口は頸動脈を綺麗に切り裂いているんでしょ。凶器の切れ味っていうか、犯人の腕前がいいんじゃないかな――例えば、鮮血鬼カーミラとかさ」
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