第25話 飛び去る灰色の影
現場にはアイもいる。きっと目的地までディアナを案内してきてくれることだろう。
アイが事前に館内の見取り図から逃走経路を予測してくれたおかげで俺も楽をできる。
何せ後は所定の場所で待っているだけでいいのだ。これほど楽なことはないだろう。
しばらく待っていると、廊下を走る足音が聞こえてきて部屋の扉が開いた。
「おっ、来たな……って、ディアナはどうした」
「ママに置いてかれちゃったんだ」
「で、仕方なく俺の方に合流したと」
「そゆこと」
ディアナはベオウルフのことになると、周りが見えなくなってとにかく突っ走ってしまう。
予定とは違うが、俺の勝利は約束されたようなものだ。ここでアイとゆっくりしていても問題はないだろう。
「状況は全部聞いてたが、アイは急にケース内に現れた地上の明月の謎は解けたのか?」
「うん、あんなの子供騙しだからね」
「だよな。あんなので驚いてるんだからディアナやロゼミ、ヴィクトルが毎回ベオウルフに逃げられてるのも納得だ」
「一周回って盲点だったりするんじゃない」
「それより、アイの推理を聞かせてくれ」
さて、答え合わせの時間だ。名探偵の推理を聞かせてもらうとしよう。
「地上の明月はクッションの中に隠されてたんだよ」
「ほう」
「地上の明月は釣り糸が付けられた状態でクッションに隠されてて、釣り糸はクッションの真ん中に開けられた小さな穴から下を通してあった。釣り糸を引っ張れば、クッションに入れておいた切れ目から宝石が出てきて、真ん中の部分で引っかかって釣り糸が外れる仕組みになってたんだよ」
アイはすらすらと一瞬で地上の明月がケース内に現れたトリックを述べていく。
「白いクッションの中から釣り糸が飛び出てても目立たないし、あとは暗転したときにケースから出た糸を引けばいいってわけ」
「ケースからどうやってはみ出した状態にしたんだ?」
「ケースの淵に小さなものを挟むか、傷をつけておけば釣り糸が通るくらいの隙間は作れるよ。パパならわかってるでしょ」
「まあな」
今回は宝石の返却が目的だ。わざわざあの場でトリックを暴く必要はない。
「真実に目を瞑るのが探偵ねぇ」
「真実は用法用量を間違えれば毒になる。俺達は薬として効く量で処方してるだけだ」
バカ正直に真実を白日の下に晒したところで幸せになれる人間は少ない。
ロゼミやヴィクトル、あの真っ直ぐな性格のディアナですら暴かれたくない真実を秘めている。俺やアイだって例外ではない。
「それもそっか」
「まあ、こんな街に暮らしてたら真っ当な人間でなんていられないんだ。もっと肩の力抜いて生きた方がいいぞ」
意地になって触れてはならないものに触れ命を落とす。そんな人間を俺はもう見たくないのだ。
「それにしてもディアナの奴遅いな」
「ママが張り切ってると空回りしちゃうからね」
ディアナはお約束のようにベオウルフに振り回されている。それでも毎回ベオウルフの逃走に追いつけるのは刑事としての勘が優れているからだろう。
しばらく待っていると、段々と足音がこちらへと向かってくるのが聞こえてくる。
「おっ、そろそろだな」
「じゃあ、アイが見てくる!」
アイが駆けだした瞬間、彼女の足が何かの装置のスイッチを踏んだのが見えた。
「っ、危ねぇ!」
慌てて俺がアイをこちらに引き寄せると、俺達の真上から檻が落ちてきた。
「「あっ」」
おそらくこれはベオウルフを捕まえるための仕掛けだろう。電流が通っているところを見るに、これもヴィクトルの作った発明品だろう。
俺達が檻に閉じ込められたのと同時に、窓から灰色の影が飛び立っていく。
「追い詰めたわよ、怪盗ベオウルフ!」
そして、部屋にディアナが突入してくる。
「悪いディアナ。逃げられちまった」
既に闇夜に浮かぶ灰色の影は遙か彼方まで飛び立ってしまっている。
報道陣や野次馬が歓声を上げているのが聞こえてくる。
きっとディアナにも恨み言を言われるのだろう。そう身構えていたら、ディアナは血相を変えて檻に近づいてきた。
「二人共、大丈夫!? 怪我はない?」
「えっ、いや、大丈夫だけど……ベオウルフには逃げられちまって」
「そんなこと今はいいわよ。二人に怪我がなくて良かったわ……」
心底安堵した表情を浮かべるディアナを見て、俺は複雑な気持ちになっていた。
ディアナにとってベオウルフは刑事人生を駆けてまで追っていた相手だ。
アイの母親代わりなんて無茶を吹っ掛けられても、その条件を呑んだくらいだ。
彼女の思い入れの強さはここ数日一緒に入れば誰だって理解できる。
だが、ディアナはそれよりも真っ先に俺とアイの心配をしてくれた。
「ママ、ごめんなさい。パパはベオウルフがここに逃げてくると予想して待ち伏せてたんだけど、アイがスイッチ踏んじゃったの」
「そっか。でも、大丈夫。ベオウルフにはまた会えるからチャンスはいくらでもあるわ。気にしないで」
ディアナのことはもっと信用してもいいのかもしれない。
「とにかく、あのポンコツ博士の作ったこの檻を何とかしてくれ」
「ええ、今呼んでくるわ!」
俺の中にそんならしくない思いが生まれていたのだった。
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