第16話 偽物と本物

「お疲れ様、現場はどうだった?」

「室内に荒らされた様子はなかったわ。一見すると、変装してパスワードを盗み出したベオウルフの犯行にも見えるどけ、ほら見て。このカードは偽物よ」


 ディアナはチャック付きのビニール袋に入ったベオウルフの予告状を見せてきた。


「ちょっと姐さん。いくら彼氏だからって捜査情報を漏らすような真似は……」

「大丈夫、彼にも捜査に協力してもらうから。これでもプロだから心配しないで」

「は、はぁ……」


 ディアナは強引に押し切るが、それで納得する刑事もどうなんだろうか。

 俺はディアナから受け取った証拠品を手袋をはめて手に取る。


「っは、お粗末な偽物だなこりゃ。カードの材質もただのコピー用紙だし、文字も銀色のペンで書いただけのものだ。偽物事件は今まであったがが、ここまでお粗末なのは初めてなんじゃないか」

「やっぱりライアンもそう思う?」

「ああ、ディアナも現物を見たことがあるならわかるだろ」


 ベオウルフの使用するカードの材質はストーンペーパーという燃えにくい材質の紙で、文字に使われている銀は本物の銀が混じっている。

 それに対してこの偽のカードの出来はお粗末という他ない。まるで偽物だと主張しているみたいだ。


「そもそも予告状が出てない時点で偽物だってのはわかってんのよね。あのコソ泥があたしの休暇に焦って盗むってのも考えづらいし」

「じゃあ、わかりやすく偽物だってアピールすることが目的だったんじゃない?」

「アイちゃん?」


 考え込んでいる俺とディアナの間にアイが割って入ってくる。


「だって、おかしいじゃん。ベオウルフの犯行に見せかけるのならもっと精巧な偽物にするはずだよ」

「それはそうだけど、そもそもベオウルフの犯行に見せかける目的って何かしら?」

「盗難被害に遭ったときの保険料目当てって線なら宝石店が怪しいけど、さすがにこんなお粗末な犯行じゃその線もなしだな」


 盗難保険が目当てならベオウルフに盗まれたように偽物も精巧に作るはずだ。

 実際、バーシル街には腕の良い贋作師なんて山ほどいる。俺の知り合いにだって何人かいるくらいだ。


「じゃあ、犯人の目的は一体何なのよ」

「知るかよ」

「あんた名探偵でしょ!」

「私立探偵だっての!」

「もう一度言ってごらんなさい!」


 俺とディアナが言い争っていると、ロゼミの大声が店内に轟いた。


「まさかあなたインカを疑っていまして!?」

「ち、違いますよ。この場で慈愛の涙がこの場にあることを知っていた人物は店員とクロサイト令嬢、ヴァールハイトさんのみですから、詳しいアリバイを――」


「笑わせないでくださいまし! インカはわたくしとずっと一緒にいましてよ!」

「いえ、一度だけトイレのために席を外しましたよ」

「インカ! 何故、自分から不利になるようなことを!」

「ですが、事実ですし……」


 取り乱しているロゼミの様子を見るに、インカさんのことを相当慕っているのだろう。


「刑事さん、インカよりも宝石を購入予定のわたくしの方が怪しいではありませんか!」

「あ、あなたが宝石欲しさに盗みなんてするわけないでしょう!」

「警察ならば容疑者は贔屓せずにきちんと取り調べなさいな!」


 ロゼミは感情的に叫び声をあげながらジル刑事の胸倉を掴み上げる。

 そんなロゼミの腕を横からディアナが掴んで止める。


「彼女の言う通りよ、ジル。容疑者である以上徹底的に調べ上げるべきだわ」

「あら、話が早くて助かりますわ。徹底的にお願い致しますわ、ゴリラ警部」

「誰がゴリラよ! ジル、引き続き調査お願い。あたしはこのブルジョワ縦ロール素っ裸にひん剥いて徹底的に調べてくるから!」

「は、はい!」


 そう言って、ディアナはロゼミを引きずっていくように連れていった。

 ディアナとロゼミが去った後、俺は小さくため息をつく。


「なあ、ディアナって職場だとどんな感じなんだ?」


 このままディアナが事件を解決するのを待つのも暇なので、俺は近くにいたジル刑事に話しかける。


「僕としてはプライベートの方が気になりますが……そうですね。正義感が強くて、誰よりも率先して事件解決のために労力を惜しまない刑事の鑑のような方ですよ」


 ジル刑事は苦笑いを浮かべつつも、どこか誇らしげに言った。


「キャリア組の人って最初から警部補スタートで、僕達みたいなノンキャリアからすると最初からゴール地点にいる感じなのに、現場を知らずに口出ししてくるだけの人ってイメージが強いんですよ。もちろん、超難関の試験を突破してきていることは理解しているのですが、どうしてもね」


 ジル刑事の話を聞いて、俺はなんとも言えない気持ちになった。

 出世コースから外れ、毎回怪盗ベオウルフには逃げられ、世間からはポンコツ刑事だと揶揄される。

 それに対して彼女はベオウルフに罪を償ってほしいがために、無茶な条件を吹っ掛けられても藁にも縋る思いで俺に依頼をしてきた。


「でも、ディアナ警部は僕達を軽んじることなく偉そうにふんぞり返ったりもしないし、失敗したときはお酒奢ったりしてくれますし、みんな慕っているんですよ」

「あいつらしいですね」


 あんな真っ直ぐで正義感の強い人間がどうしてこんな理不尽な目に遭わなければいけないのか。

 まあ、俺もその理不尽な目に遭わせている一人である以上、そんなことを思う資格はないのだが。


 しばらくすると、ディアナとロゼミが戻ってきた。ロゼミの方はどこか疲れた表情を浮かべている。


「まったく、酷い目に遭いましたわ……」

「徹底的に調べろって言ったのはあんたでしょ。ま、これであんたの疑いは晴れたわけだけど」


 どうやら、ロゼミの無実は証明されたようだ。


「ディアナ警部!」

「どうしたのジル?」

「ヴァールハイトさんの所持品から出てきました! 慈愛の涙です!」

「何ですって!?」


 ジル刑事の報告にディアナが目を見開く。インカさんも何が起こったか理解できていないかのように放心状態だ。


「う、嘘ですわ! インカがそんなことするわけありません!」


 ロゼミが悲鳴を上げるが、ジル刑事は首を横に振る。

 ジル刑事が見せてきたのは確かに慈愛の涙だった。それを見たディアナが眉間にシワを寄せた。


「ライアン、あんた鑑定とか得意だったわよね?」

「ああ、見せてくれ」


 俺はジル刑事から慈愛の涙を受け取ると、じっくりと観察する。

 深紅の輝きを放つルビーの周りには金属で装飾がされている。これほどの宝石、そうそうお目にかかれるものじゃない。


「本物だな。間違いない」

「そんな……!」


 俺の言葉を聞いたロゼミの顔から血の気が引いていく。


「あと、彼女の携帯に特別保管庫のパスワードを知らせるメールも見つかっています。時刻も彼女がトイレに行っていた時間と一致します」


 パスワードを知らせるメール。それはこの店の関係者にしか送信されない。

 それがインカさんの携帯に転送されているとなれば、決定的な証拠となる。

 その場に崩れ落ちるロゼミを見て、普段は仲の悪いディアナが心配そうに気遣う。


「ねぇねぇ、パパ。どうしてロゼミさん落ち込んでるの?」

「そりゃ母親同然に慕ってる人が自分が買うつもりだった宝石を盗んだ犯人だってわかればショックだろ」

「えー、何言ってるのパパ。宝石を盗んだ犯人はインカさんじゃないよ」


 アイがさらっととんでもないことを言う。

 だが、その一言に俺はある種の安心感を覚えていた。


「へぇ、もうわかったのか」

「へへっ、これでもスローン探偵事務所の助手だからね」

「だけど今日は調査対象がいるし、いつもの殺人現場みたいにとはいかないよな」

「だったら適任がいるじゃん」


 アイはそう言うと、満面の笑みを浮かべた。


「そうだな、何せここには若くして捜査二課を引っ張る優秀な刑事がいるからな」


 俺もアイに釣られてつい笑顔になってしまう。

 さあ、仕事の時間だ。

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