第11話 消えた慈愛の涙

 しばらくすると、宝石店からの通報を受けた警察がやってきた。

 ベオウルフの犯行と聞かされたのならば、ここにいる刑事達は捜査二課の連中、つまりディアナの部下ということになるだろう。


「それでは、宝石が盗まれたときのお話を伺えますか?」

「はい、わかりました」


 店員の話によれば、慈愛の涙はこの店の特別保管庫というセキュリティの厳しい場所で保管されていた。

 宝石の確認も毎日勤続五年以上のベテラン店員のみが行っていて、保管庫の扉のパスワードも毎回自動で変わる仕組みだったとのこと。

 確認する店員の社用携帯にのみパスワードがメールで送られ、メール受信から五分経つとパスワードは変更されてしまう。


 そんな警備体制の中、今日の担当者が部屋を確認するとそこにはベオウルフがいつも犯行後に残していくカードが置いてあり【〝慈愛の涙〟は確かにいただいた】と書かれていたようだ。


「妙だな……ベオウルフは予告状を出してから犯行に及ぶ。目立ちたがりの奴がそんな真似をするか?」

「ディアナ警部が有給消化中だったからではないでしょうか」

「確かに、うちの課でベオウルフに対抗できるのは姐さんくらいだもんなぁ」


 あいつ、部下から姐さんって呼ばれてるのかよ。

 本人は慕われていないみたいなことを言っていたが、どうやらかなり慕われていると見て間違いないようだ。

 それに信頼もされている。


 ベオウルフがディアナの不在を狙ったという考え方をする時点で、ディアナが同じ課の刑事に疎まれているとは考えづらい。

 おそらく疎まれていたとしたら、一課の強行犯係にいたときなのではないだろうか。


「仕方ねぇ。ひとまずこの店の客一人一人をチェックするか」


 怪盗ベオウルフの正体は不明。そのため、この場にいる誰がベオウルフであってもおかしくないと判断したのだろう。

 順々に刑事達が店内の客を取り調べていると俺の番がやってきた。


「では、お名前と年齢、職業を教えていただけますでしょうか」

「ライアン・スローン二十九歳。この店には彼女に送る婚約指輪の下見に来ていたんです。職業は……」


 これはまずい。

 探偵は依頼内容を他者に漏らすことはご法度だ。特に本人がいるのならば猶更だ。


「あの、この場では身分を明かしにくいので、身元を保証できる者を呼んでも構いませんか? 警察関係者ですし」


 そこで俺は最強のカードを切ることにした。


「えっ、あ、はい……」


 若い刑事は困惑した様子だったが、警察関係者という言葉を聞いて納得してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る