第8話 浮気調査とか、浮気調査とか、浮気調査
食事を取りながら、俺達は今後のことを打ち合わせる。
「ディアナの有給は一週間。その間に捜査の地盤を整えなきゃいけない」
「そうね。さすがにこの犯罪塗れの街じゃ捜査二課も暇じゃないし」
「犯罪なんて日常茶飯事だもんねー」
平和ボケした人間が移住してきたら卒倒しそうな話だが、バーシル街では「あっ、雨降ってきた」くらいの感覚で犯罪が起きる。
おかげで警察もせわしなく働いているくらいである。いつもご苦労様です。
「警察官としては度し難い話よねー」
「税金泥棒なんて言われなくて良かったな」
「バカ言いなさい。警察が税金泥棒って呼ばれてるってことは平和の証でしょ」
こういうことを素で言えてしまうのだからディアナは本当に心が綺麗なのだと思う。俺とは大違いである。
「具体的に調査ってどうするの? パパお仕事あるよね」
「そうなの? 結構暇そうだけど……」
「バーカ、こう見えてうちは結構忙しいんだぞ。浮気調査とか、浮気調査とか、浮気調査とかでな」
「浮気調査ばっかじゃない。えっ、何、そんなに浮気してる人多いの?」
ディアナは驚いていたが、実はそういうわけでもない。
調査を進めていく内に勘違いだったというケースも少なくはない。
要するに、みんな不安なのだ。
「ま、依頼の中じゃダントツで多いな。あとは人探しやペット探し、ストーカー調査とかもあるぞ。警察は明確な証拠がないと動けないことも多いし、そういうときの駆け込み寺って感じだな」
「そこに関してあたしは世の探偵達に頭が上がらないわね」
助けたいのに警察として介入できずに歯がゆい思いをしてきたのか、ディアナは力なく笑った。
ちなみに、その探偵達の中に俺も含まれているのだが、それは黙っておくことにした。
「ねぇねぇ、だったらアイがママと一緒に調査する!」
「アイちゃんが?」
「うん! こう見えてもアイはスローン探偵事務所の助手だからね!」
実際、アイが協力してくれるようになってから俺は大助かりだ。
探偵事務所のホームページの設定から、ネット上での予約受付など依頼は急増した。
これもアイのおかげである。
とはいえ、忙しくなりすぎるのも考えものなのだが。
「んじゃ、俺は今日の浮気調査用に変装してくる」
「変装!? 探偵って変装するの!?」
ディアナは驚きの声を上げたが、浮気相手を尾行するとなれば変装は必須だ。
「あれでしょ! 顔の上につけたマスクをベリベリって剥がすやつ!」
「漫画の読みすぎだ。あんな特殊メイクみたいなのは普段の尾行に必要ない」
子供みたいなことを言うディアナに呆れながらも、俺は着替えるために仕事用の服が置いてある部屋へと向かった。
今回の依頼主は宝石商のスタンリー・ヴァールハイトさん、四十六歳。
俺にとっては宝石の鑑定を仕込んでくれた付き合いの長い人でもある。
宝石の鑑定に関してはエキスパートだが、宝石商として駆け出しの頃は偽物を見抜けずに失敗したこともあったらしい。
そんなスタンリーさんだが、結婚生活十五年目の奥さんであるインカさんの様子がおかしいとのことで依頼をしてきた。
息子さんが一人暮らしを始めたことで家を出てから、奥さんは急に身だしなみに気を遣いはじめたとのことだ。奥さんの写真を見たが、紫色の瞳が特徴的なすっぴんでも四十代とは思えないほどの美人だった。そんな彼女が気合の入った化粧をして出かけるというのだから怪しく思うのは無理もない。
また携帯電話を使うときはやたらと周囲を気にしたり、昔の友人との集まりによく行くようになったなど、浮気ではよくある兆候が見られたことで調査依頼に踏み切ったそうだ。
尾行相手は女性。女性は男性に比べて警戒心が強い。できるだけ警戒されないように変装しなければ。
「さて、こんなもんか」
俺は尾行に最も適した変装をすると、部屋を出た。
「は?」
俺が部屋から出るのと同時にディアナが間抜けな声を零した。
「本当にライアンなの?」
「初めて見たら驚くよねー」
「ま、刑事がその反応をするってことは俺の変装も捨てたもんじゃないってことだな」
ディアナが驚くのも無理はない。
何故なら、俺の姿はカジュアルな服装で買い物に行く女性にしか見えないからだ。
女性を尾行するときは女装するのが手っ取り早い。
女装すれば美容院、ネイルサロン、エステ、下着売り場なども怪しまれることなく入ることができるのだ。
「いや、声が全然違うし……」
「女性の声を出すのは結構得意なんだよ」
声を変えられると何かと便利なので、この技は努力して習得した。
特にこの特技は電話で親しい友人の振りをして情報を聞き出すときなどに大活躍する。
「とにかく、俺はこれから奥さんの尾行で丸一日潰れる。二人は事務所でベオウルフの資料集めでもしていてくれ」
「わかったわ」
「いってらっしゃーい」
俺は二人に見送られて、依頼人が住む家に向かった。
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