紗綾の桜色
@aqualord
第1話
桜が、咲いた。
淡い色の花が所狭しと花弁を並べている。
空が、桜色一色に染まるほど、大きな桜の木が花を咲かせた。
「この木は、自分の運命を知らないのかな。」
紗綾は馴染んだごつごつの幹に手を当て呟いた。
この桜は、来年はもう花を咲かすことが出来ない。
桜の木がいる今は空き地のこの土地は、住宅地になることが決まっている。
工事の案内が、隣り合う紗綾の家にも来ていて、5月には造成がはじまるという。
春は桜色とともにやってくる。
紗綾にとっては、春はそういうものだった。
去年も、一昨年も、その前も、そのまた前も春は桜色とともにやってきた。
桜という木を意識する前からそうだった。
これからもそれがずっと続くと思っていた。
来年の高校入学の時はこの桜の木の下で記念撮影をするんだと思っていた。
小学校や中学校の入学の時と同じように。
けれど、もう、それは叶わない。
来年もどこかで桜は咲くだろう。
その桜も、この桜と同じように桜色で空を覆うだろう。
誰かから愛され、誰かと寄り添いながら、どこかで桜は咲くのだろう。
けれど、紗綾の桜はこの桜だけだ。
紗綾は見上げる。
桜色の空だ。
雲で少し濁った青色は、桜色の向こうにある。
風に揺らぐ優しい日差しだけが桜色を透かす。
「桜色って、こんなに悲しい色だったっけ。」
春のにおいを含んだ風が、わずかに花を散らしてゆく。
舞う花びらが紗綾に触れる。
「ここに私はいたよ。忘れないでね。」
そんな声が聞こえた気がした。
紗綾の桜色 @aqualord
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