第23話 椅子に座れない男②

「ここに、三つの円が重なっています」

 目の前の空中に映し出された出生図(ホロスコープ)のホログラフィを指さしながら、七色は説明をしていく。


「は、はい。見えます。中央、外側、さらに外側に広がってる円ですね」


「そうです、簡単に言いますと、この一番中心にあるのが、生まれた瞬間の天体の配置の円、そのすぐ外側にあるのが心の変化の円、バイオリズムとも言いますね。一番外側が今現在の星の動きの円ですから、動いていますね。ライブです。」


 よく見ると図の一番外側にある「現在の星の動き」という円は時計のように刻々と動いているのが見える。七色は再び円を触って図を変えていった。次に現れたのは一つだけの円。空中に映し出されたその円は慎一の生まれた瞬間、誕生日の図だった。


「画像モードにすると見にくいので、テキストモードでお見せしますね」

 そう言って両方の映像を順に見せている。直感的に触れて体験することが出来る色彩豊かな3D画像モードは標準装備となっている。テキストモードは一つの円の360度のメモリやハウスという十二の部屋の区分けと線、そして出生時の10個の天体状況を表わしているシンプルな図である。それ以外にも表示されているものはあるが、説明はひとまずここまでにしておいた。

(数字と記号の図も綺麗です。いつ見ても…)


「これが、慎一さんの生まれた時の星の配置図です。生年月日、出生時間、出生した地域を入れて出て来たのがこれですね。この図から、資質、生まれながらに持ってきているもの、未来を拓いていくその人らしい可能性などを見ていくことになります」


「ほぅ、初めて見ました。なにがなんだかわかりませんね」


「ええ、そうですね。この図を拝見しながらお話を聴かせていただきます」

 見てわからなくても問題は無く、必要となった場合には出生図(ホロスコープ)にある天体について説明することを伝えた。慎一が出生した時の図を空中に浮かせたまま話を続ける。


「仕事がうまくいくか、どうか、ですか?」

(どこからでもいい、自分がどうしたいのか、言い始めてください。さぁ、スタートしましょう。私が始める、わけにはいかないのです)


「そ、そうですね…」


 ここまでですでにいくらか時間は過ぎているが、七色は急がずに待っている。 

(さぁ、出て来てください。あなたの中にあるあなた、です。今日の本当のご相談についてのきっかけをください)

 七色が仕事についてなのかと、あらためて尋ねると、ようやく具体的な事を慎一は喋り始めた。


「実は、前の会社を人間関係が問題で辞めまして、っていうかなぜか辞めるしかない状況になって…辞めたんです。もう一年ほど経ちます。その前の会社も似たような感じで辞めたことがあります」


「はい、そうでしたか、それで…慎一さん、今は何をしてらっしゃいますか?」


「ちょっと休んでいたんですが、そろそろ勤めようかなと…でもまた同じこと、繰り返したりしないか、とか…また同じじゃ困るんで…」


 そう言った慎一は、何かの場面を思い出してしまったのだろう。おそらく辛かった日のことだと思われる。その後も話をしながら小さく指先が震えていた。

 似たようなことを繰り返してきたが、もう繰り返したくないのだと、そう言っている人が目の前で小さく震えている。

 三十分という短い時間の中で答えに到着したいということから見て、どうも急いでいるように見える、それにもきっと理由があるだろう。そして、それはおそらくこの人にとってとても重大なことなのだ。ならば尚更、一番の問題点を早く正面に置くことが肝心に思えた。正面に置くことが出来れば、解く段階へと入っていくことが可能になる。


 何かを言い出してくれないかというように、ちらちらと顔色を伺っている慎一に気が付かない振りをして、空中に浮かぶホロスコープを見ながら、七色はじっと彼自身からの発露を待った。

(……私から始めるわけにはいかないのですよ。さぁ、どうぞ)


 しばらく黙っていた慎一は、一度目を閉じて、そして諦めたように口を開いた。

「運とか、縁とか…あれは…それとも他の何か…」


「はい…」

(もう…あと少し…)


「あの、ええと、変えたいんです。何が悪かったのでしょうか? 私が悪いのでしょうか?」


(来た!)


 慎一からのゴーサインを受け取った七色は話を前に進めることにした。

 ゴーサインとは、相談者の意思の発揮のことだ。どんなに小さな糸口からでもいい、本人からの自分のこととしての「問いかけ」が起きる瞬間を今か今かと待っていた。それはその人が問題を自分の正面に置いた印とも取れる。


 七色の瞳の色が変わった。


 「承りました」


 それと同時に書房の空気感も七色の発した言葉に付いていくかのように、一瞬で変わっていった。


 相談者が生み出したひと言は、どんなに小さくても、最初の重要な一滴である。その一滴がこの先の未来を拓くことになるだろう。ひとしずく。それは、その人の意思の表れであり、その人生の持ち主であるご本人のもの。


(今、この場で生み出されたその「問い」に付き添わせていただくのみ…)

 ようやく七色の起動スイッチが入った。全ては間に合うはずだ。


(さぁ、いきましょう!)

 七色の集中力がその人にとっての「答え」というターゲットを追い始める。


 「何があったか、少し教えていただけますか? 前の会社での…」

 

 イエスかノーかのように簡単に答えが出るような相談内容では無いだろうことと、最初から「三十分でお願いします」と迷わずに頼むという、どこかちぐはぐな感じがするところに七色は興味を持っていた。彼の身体の小さな震えのような落ち着きのない動きを見ながら、まだまだ明確さという点では弱さのある「問い」のその「答え」が近付く前に彼から遠のいていくことが無いように、話を慎重に進めていった。















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