第21話「熊男」とお茶を⑥完


「ばあちゃん忙しいさけ、そんな度々お前に会いには来んよ。

 あ、でも、七色さんいうたけ?

 あんたの淹れたお茶はおいしいわ。そやさけ、お茶は飲みにきていいけ?」

(笑)


 最後はそう言って、お婆さんは笑っていた。

 七色はもちろんと、笑って頷いていた。

「いつでもお待ちしております」



 熊男は、やがて勤めていた会社をやめた。

 修行に入ったのだ。

 ばあちゃんの工房の作業場は、堂々と熊男の修行場になった。

 毎日ばあちゃんのぬか漬けと一緒に暮らし、ばあちゃんの仕事場に詰めている。

 作業場ではばあちゃんが座っていた右隣、ちょうど90度にあたる場所を自分の居所に決めた。ここから師匠の手元を思い出し、今もそのままに見続けている熊男がいた。時折ちらっとばあちゃんの方を見る。ばあちゃんの手元は空中に絵を描くように滑らかに動き続けていた。熊男はもう一人では無い。


 裏庭では、ほったらかしの畑に季節ごとの様々な野菜の花が元気に咲く日が続いていた。これはやがてばあちゃん仕込みのいい塩加減の漬物になっていく野菜たちだ。



 熊男も、たまに書房にやって来ては、七色の淹れたお茶を飲んで帰っていく。特にこれと言って特別お喋りはしないが、実はとってもお話好きなことを七色は知っている。町の人が畑荒らしの真犯人の嘘を見抜いて、後日あの小学生が口を曲げながら大人に連れられてしぶしぶ謝りに来たこととか。それからしばらくして、熊男の作業場に時々侵入しては影からじっと見ていたその小学生が、毎日のように作業現場に現れるようになったという話を聞いた。二人は出会ったのだ。今ではお互い片言喋るらしい。

 来る度に大切なものがひとつずつ増えているかのような、そんな熊男の姿を七色は見ていた。


 お婆さんの心配事もいつか慶びごとに変わる日が来るだろうと思えた。



 「あとは、いい嫁が来てくれればいいんやけど」

 お婆さんは書房に来る度、お茶を飲みながら七色に嬉しそうに熊男のことを話していた。その時には、孫が心配で可愛くてしょうが無い、そんなお婆ちゃんの顔をしているように見えた。


「巡るものですね。縁というものは」

 お婆さんと、そして熊男と、いつだって変わること無く空に輝く星と共に生きている二人の姿が見えるかのようだった。雨の日も晴れの日も、その手元は空中で絵を描くように動き続けている。それはまるで遠い星の欠片かけらを此処に現そうとしてるかのように。

 そしてさらにこの大地で、その縁は次へと繋がっていくのかもしれない。

 これから起き上がって来るであろう様々な物語が楽しみに思える七色だった。




 ーーーーーーーーーーーーーーー

 【今日の七色日誌】


 サビアンシンボルという360個のエネルギーに触れて、私たちの中に存在しながらも未だ眠っている部分に意識の光を当てよう。

 ホロスコープのひとつの円は、実は閉じていない円だ。大きくどこまでも続いている螺旋を見やすいように切り取った大きなものの一部であり、それがひとつの円として見えているのだ。


 この上下に伸びているホロスコープの螺旋の上昇と下降という二つの方向がある中で、より大なる宇宙の生命へと向かっていこうとするのが進化であり上昇である。

 それは、より多くを内包していくことが可能な道。


 天体があろうとなかろうと、私たちはひとつのホロスコープの持ち主である。

 その円の360度の一度ずつの数字の働きを思い出していくことで、私たちは自分自身をより取り戻していくことになるだろう。そのためには、どれかが突出していない、均等な理解が必要だという。

 そのためにもサビアンの360個に出会って、その意味を少しずつ知っていき、やがて実感していくことは大きなことだ。360度全方位が本来は自分自身なのだ。


 他にも地上生活の中でひとつの風景の中に、様々なサビアンシンボルを発見することも可能だろう。

 また、このサビアンシンボルは、私たちがどの階層の大地に立っているかによってもその意味は変わっていく。意味自体が変わるのではなく、私たち自体が成長するごとにそれまで見ることのできなかったものを見ることができるようになっていく、という方が近い。子供が成長するほど遠くまで見えるようになるかのように。


 自分の出生のホロスコープの中にある七つの天体(月、水星、金星、太陽(地球)、火星、木星、土星)が内包されつつあるのか環境に投影されているのか、それ以上先にあるトランスサタニアンと呼ばれている天王星、海王星、冥王星という働きをどれほどウェルカムしているのか、しようとしているのか。そこで終わりではなく、地球人にとってはさらに遠くに存在している自ら輝き続けるという恒星たちの世界が待っている。

 求めていることは人それぞれ違うだろう。同じ地球の大地の上に立っていたとしても、その人がどのようなサイズの宇宙に生きているのか、それによって人生の意味はまるで違ったものになるのだ。

 当然ではあるけれど出来るか出来ないかでは無い。また正しいか間違いかでも無い。より自分自身の宇宙に広がるであろう大いなる生命との出会いを目指し続けている段階なのか、無自覚に社会的欲求を満たすという段階を生きているのか、その違いだけである。その段階というものは埋められない溝があるわけでも無く、見えていないことが少なくないが階段のように繋がっている。

 また、遠い星々と繋がりを持つ段階にある人たちは、地上での働きに迷うことはない。我が道を行く。


 立つ階層によって意味は変わっていくが、それはより自分自身の生命の本質へと近付いていくということであり、いつかはその本質そのものを自らが地上で生きるということへの可能性だ。

  

(宇宙は広い。まだ見ぬ地平を求めての旅は続きます)



 ホロスコープの中にある10個の天体は、特に興味のあるもの、として見ていくといい、と言われている。天体の無いところは、意味や働きが何も無い、のではなくて、ごく普通の興味の程度である、ということ。10個の天体はより自分の中で強調されている部分ということなのだ。


 占星術の学びやリーディングがうまく進まなくても出来なくても、それ自体が大きな問題だということではないだろう。重要なのは、目的意識。なんのために、それをしようとしているのか、どこに向っているのか、である。

 またホロスコープは地球人としての自分の宝の地図とも言えるだろう。ヒントが隠されているかのように、その一つずつが私たちが発見する瞬間ときを待っている。


 2024年、2025年と地球上では、天王星、海王星、冥王星という天体たちが次々にその滞在している星座を変えていく。簡単に言っても、時代が大きく変わっていく最中にある現在、私たちは私たち自身をより生きようとすることが重要だろう。

 私たちは長い間、元より大きな生命と繋がりを持っていることを忘れていて、すっかり忘れ去っているということ自体を少しずつ思い出していくことが重要性をもつ時代に入っていくのだろう。それは私たちにとって大きなチャンス到来、と言える。


 占星術というのは、実は、宇宙からやって来ているた自らの生命の本質を思い出していくためにあり、一つの体系であり道であると、七色は師と呼んでいる時間ときと場所を越えた存在からの言葉を大切にしてこれまでを歩いてきた。



 「夢の中で、瞑想の中で、途切れることなく人生は進んでいく。昼の時間だけでは無く、本当は、私たちは二十四時間を生きているのだから」



 熊男とお婆さんの出会いを通して七色は、先ほど自分が思い付いたサビアンシンボルの23度というものも12星座×12種類あるわけで、また23という数字そのものの持っている意味ともあらためて出会っていた。

 これから明かされていくこともあるだろうが、地球との関わりの深い七色書房の七色自身にもたくさんの学びや物語があるようだ。

 

 今日の日誌を記して、ペンを置いた。


「さあて、次のご予約の方がいらっしゃる頃ですね」


 いつもと変わらず、カウンターの中で湯を沸かし始めていた。

(さて、どのようなお茶を用意致しましょうか?)


 からん、からんころん

(書房の入口扉の開く音)


「いらっしゃいませ、七色書房へようこそ」


 書房の中に初夏のような爽やかな風が吹いた。




 ここ七色書房は、地球に住む存在たちが、うつらうつらと、あるいは深く沈むように、眠っている間に訪れることのできる場所。

(ご縁さえあればどなたでも)


「物語の持つ力を借りて、あなただけのこの人生の物語を紐解いていきましょう。

 昼の地球で、夜の宇宙で、まるごと一日、どうぞよい旅を。」





 完


 _____________________




 制作メモ

 2024/04/20にひとまず書き上げた。ここから、見直しや誤字脱字作業に入る。

 ここまででトータル5万8千字。

4/21に公開。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る