#推しが死んだそのあとで

上村栞(華月椿)

焼死

 深夜、通知が騒がしかった。安っぽい音ゲーでもやってるみたいに『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽ』と馬鹿みたいな今まで聴いたことのない音を立てて、通知でスマホの画面が真っ白に埋め尽くされる。こんなことってほんとにあるんだと思いつつ、わたしはそのさなかをぼんやりと見つめた。流れているメッセージから、なんとなく推しているグループの「Stature」のことだと察する。


 布団から這い出て、わたしはいくつかこの騒動の原因の仮説を立てた。


 その一、熱愛報道。

 その二、誰かしらの引退か解散。

 その三、活動休止。


 どれが出たって寒気がするけど、一はない。熱愛なんて大した騒ぎにはならない。BLの匂わせなら別だろうけど。

 二はどうだろう。そういう兆候はなかった。記者会見の予告も何も行われていないから突然すぎる。

 三が一番可能性が高い。これが一番寒気がする。


 取り敢えず最も通知が来ているXを開いて、事の発端を知ろうとした。


[世界のトレンド]

 1. トレンド

 #車内焼死

 2. トレンド

 #Stature

 3. トレンド

 #七瀬楓

 4. トレンド

 #襟川翔斗

 5. トレンド

 #三雲響

 6. トレンド

 #上之稜矢


 ざわりと私の心臓が揺れた。全身から冷や汗が吹き出して、夏の寝苦しい夜の暑さで湿ったキャミソールの吸った水分量が増して、だんだん濡れていく。トレンドの文字をタップすることに対しての凶暴な拒絶反応がつま先から這い上がってきた。


 いつもならふわふわと弾むような期待を覚えて、現在五位にいる推しの名前をタップするのに、そこだけ輝いて見える推しの名前を眺めるのに、今はそれが道端に落ちているなにかの怪しい毒にしか見えない。


 汗ばんだ腿を掻きむしって、トレンド一位の文字をタップする。ぐるぐるとアクセス中の文字がいつもなら現れるはずなのに、今日に限って一瞬でつながり、黒黒とした文字で画面が埋め尽くされる。



『Stature・メンバー四人、爆発した車から焼死体で見つかる』


 画像・爆発した大型車

 3/24(日)1:00 配信 コメント34566


 3/24(日)、☓☓駐車場・近辺住民から『爆発音が聞こえた』と通報がありました。

 現場に駆けつけた消防隊員が消火を行いましたが、車内にいた…(アノMEニュースより引用)


 遺体の身元はほとんど判別不可能だったが、奇跡的に身分証明書が残っていたため身元が判明した。爆発した車から発見された焼死体は以下の四人。

 ・七瀬楓(NANASE)

 ・襟川翔斗(SHO)



 スマホを伏せた。


 読みたくない。

 絶対に読みたくない。

 この先にあるであろう四文字を、絶対に読みたくない。

 でも、結果は同じだ。


 蒸されて死ぬかもしれないと思いつつ、布団を被って外界を遮断した。その間にも魔王のイントロみたいなペースで通知が来る。あっという間に通知数が千を超えて、いつの間にかトレンドが変動した。


[世界のトレンド]

 1. トレンド

 #なんでお前らは生きてるんだよ

 2. トレンド

 #車内焼死

 3. トレンド

 #Stature


 煌々と灯るトレンド一位の文字を眺める。「お前ら」が残されたメンバーに向けられていることは一瞬でわかった。泣き叫んでる連中、殺人事件に仕立て上げたい連中、取り敢えずトレンド一位に触れときたい連中、今度のライブを気にしている連中。


 くだらないのばっかり。


 無駄にくるDMやリプライに返信しようかとも思ったが、指は動かなかった。

 今更触れたってどうにもならない。生き返ってくるわけじゃない。この世界は都合の良いラノベじゃない。復活魔法なんてない。


 だって推しはもういない。


 ◆

 

 ふっと目が覚めた。ぼんやりとしていて忘れていたけど、そんなのは文字通り一瞬で、瞬時に昨夜の騒動が思い起こされる。

 悪い夢かもしれない。そう割り切ろうとしたけど、昨夜の記憶にある通りの場所に掻きむしられて赤くなった腿と、自分の手元にあったスマホがそうさせなかった。


 騒ぎは昨日よりも大きくなっていた。通知数が完璧にパンクしている。

 その中で、一件だけ毛色の違うものがあった。タップしてみると、推しグループの黒を基調としたXのページが表示される。緊急記者会見を開くということと、四人が死んだことは事実だということが書かれていた。黒く冷たく格好の良いページで、そこだけが白く浮き上がっている。


 アメーバが数億匹巻き付いたみたいな体を引きずり出して、わたしは窓の外を見上げた。


 目に染みて痛いくらい、青かった。

 目が痛くて痛くてたまらなくて、涙が出た。ベッドから降りる。


 わたしは机の上に祭壇のごとく乗った、推しのグッズを片っ端から床に落とした。ばらばらと音を立てて、がちゃんがちゃん音を立てて、落ちていく。ぬいぐるみが床に頭をぶつける。CDのプラスチックが割れる。ペンライトにヒビが入る。トレカがひらひらと踊る。


 机がまっさらになった。わたしが吐き出した息がそこらじゅうに散った。寝癖だらけで下着もめくれあげているだらしない格好で座り込んだ。散々なことになったグッズたちを見て、頭の中が熱くなった。そしてそのままそれは胃に落ちた。胃の中にマグマが流れ込んで、ぶくぶくと音を立てて沸騰する。心臓に流れて、どうしようもなくぐちゃぐちゃになって、壁を蹴り上げた。頭を抱えて座り込んだ。ようやく自分が泣いていることに気づいた。目が熱くて鼻の奥がぐずぐずに濡れて、声帯からは怪物が出すみたいな声が漏れている。


 もう一回、壁を蹴り上げた。散らばったグッズたちを蹴り上げた。蹴り上げたグッズの上に四つん這いになって、わたしはグッズを両手で掬い上げた。手の中で握りしめて、それから流して、空いた両手で炙るみたいにかき混ぜた。


 今頃痛む手と足を放置して天井を仰いだ。天窓を覆うカーテンは閉め切られていた。

 わたしは推しだらけの部屋を見回した。やっぱりそこには推しなんていなかった。


 アクスタを見た。

 トレカを見た。

 マスコットを見た。

 キーホルダーを見た。

 DVDのジャケットを見た。

 CDを見た。

 ポスターを見た。


 そこには、屈託ない笑顔だったりクールにカメラを見ていたりする推しがいた。

 推しはその中でどうしようもなく生きていた。


 わたしは立ち上がった。ポスターを破った。ていねいに爪を立てた指先で、、わたしはグッズを拾った。


 そして、なんでお前らは生きているんだよという言葉を思い出した。


 秒針が、カチコチと音を立てた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

#推しが死んだそのあとで 上村栞(華月椿) @tsubaki0110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画