世界はだれかを除いて幸せになりました

@tetotettetto

世界はだれかを除いて幸せになりました


 どうか、私を、このまま死なせてください。

 そう言葉を零した勇者様は、色を失った花の様に微笑んだ。



 一介の兵士が、何故勇者様の部屋に居るのか。

 それは、先程、この国の王女が涙を零しながら飛び出したからに他ならない。

 侍女が追い掛けるのを横目で見ながら、無礼を承知で勇者様の部屋に入ると、虚ろな瞳と視線が交わり。


 彼の口から落ちたのは、希死の言葉だった。



 どうして、と、詰め寄ることも出来た。

 魔王を倒した貴方には、これから沢山の幸福が待っているというのに。

 我が国の王女と婚姻し、誰もが羨む地位に就く。その権利があるというのに。

 ……どうして、死にたいなどと貴方は仰るのだ。

 問う言葉の代わりに出てきたのは、勇者様、と彼を表す言葉。


 そう呼んだ私を見て、勇者様は苦しげに首を振る。

 もう、勇者で在りたく無いのです。と眉を下げる。

 治療を拒んだのか、痛ましい姿が目に映る。


 腕の包帯の隙間から、火傷の痕が見えた。眼帯の下の右目は潰れていた。毛布に隠れている部分には、不自然に凹んでいる箇所があった。

 国の、世界の英雄が、何故ここまで悲惨な姿のままなのか。

 頭では解っている。治癒の魔法は、本人の意思に呼応する。つまりは、そういう事なのだ。



 それでも、私は勇者様に生きて欲しかった。

 押し付けがましい思いと理解しているが、人に尽くし、世界を救った人が幸せにならないなど認めたくない。

 己の感情を正当化したいが為に、勇者様に幸せの強要をしているのは百も承知だった。


 どうにか踏み留まってくれないかと、口を開こうとした私を遮るように「聞いてしまったのです」と勇者様が視線を遠くへやる。

「私が旅立つ日、各国の王が集まって見送ってくれたあの日。あの時に、立ち話を聞いてしまったのです」



――魔王にとどめを刺せるのが、勇者だけなのだろう? ならば、それ以外の魔物や魔王との対峙時には、国が後ろから支援や援護をするべきでは?

――いやいや、もしも気が緩んでしまったら、国が控えているからと手を緩められてしまえば、その時は世界の終わりだ。

――それに、勇者には成長して貰わなければ。このまま何も言わずにおこう。大丈夫だ、きっと彼ならやり遂げてくれる。


 勇者なら大丈夫。私達は、ただ勇者の帰りを待っていれば良いんだ。





「何も知らされず、信頼されずに放られた、只の駒。駒の生死は、誰も気にしない。そうでしょう?」

 何でもないように勇者様が笑う。

「最初は、魔王を倒す前にこっそり死んでしまおうかと思ったんです。勇者が居なくなっても、また次の勇者が現れるだろうから……でも、こんな辛い役目を他の人に押し付けることが出来るのかと、罪の意識に耐えられなかった」

 勇者様のだらりと垂れた右腕が、震える言葉に合わせて揺れる。

「その次に思ったのは、生きて帰って、こんな国、全部ぜんぶ壊してやろう。だったんですよ。勇者が聞いて呆れると思いませんか?」

 呆れるなどとんでもない。彼の気持ちは当然だ。勇者様である前に人なのだから。私だったらきっと逃げ出していただろう。こんな世界どうでも良いと、向けられた重圧に耐えられずに、自分勝手に背を向けていたに違いない。


「……でもいざ魔王を倒したら、何もかもどうでも良くなってしまったんです。国を滅茶苦茶にしたところで、他の国に目を付けられるだけ。かといって、望むままに私が王になったところで、またきっと駒の様に扱われるだけ」

 それが嫌だったんです、疲れてしまったんです。そう淡々と溢れる言葉に、滲む感情は何も無い。

「誰にも言わずにさっさと死んでしまおうと思っていたのですが、欲が出てしまいました。貴方には申し訳ないですが、誰か一人でも良いから知っておいて欲しかったという当て擦りです……ああ、王女は知りませんよ。彼女には、誰の顔も見たくない。出ていってくれと突っぱねただけですから」

 私が彼に願う、幸せの押し付けを見透かしていたかの如く微笑む勇者様。




「どうかこのまま、死なせてください」

 それが一番の幸福だ。と、目を細める勇者様に、私が何を言えようか。私は何が出来ようか。誰か、どうか、教えてくれないか。

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