7
アジトの中は、更に凄惨な状態だった。
幾人ものレジスタンス達の死体が転がっている。
アッシュとリックは彼らの死体を一か所に集め、シャーリーとサキは僅かに生き残っていたメンバー達とアンナを救護場に寝かせる。
応急処置が施されたアンナは、なんとか一命を取り留めていた。
「一体……何があったんだ?」
生き残った中で、会話ができる程には回復した青年――ショウに、アッシュは話を聞く。
「……あれは、昨晩です。突如竜の、襲撃を受けたのです」
アッシュの予想通り、アジトはやはり襲撃を受けていた。
だがアッシュには疑問があった。トレートルからの情報があったといっても、この短期間で竜の大軍を先回りして差し向けるのは不可能に思えたのだ。
もし少数精鋭――外で戦った程度の数であれば、不意打ちとはいえ、アッシュ不在でも敗北することはないはずだ。
ショウは苦々しい声でその疑問に答えた。
「幹部の竜が、いたんです。マカウェル軍の」
「なんだと?」
ショウは昨晩の様子を、詳細に話し始めた――――
―
――
―――
「ガッガッガ! 人間共ヨ、抵抗してみせロオ!」
竜力で強化され、赤銅色に光るティターノがその巨腕を振り回す。
それだけでアジトのレジスタンス達は手が出せない。それほどの圧倒的な破壊力だった。
一人の男がその巨腕をまともに受け、数メートルほど吹き飛ばされる。
「……だから、やめろ」
同じく赤銅色に光るルナが、ティターノの眼前に現れる。
「……皆殺しにする、必要は……ない」
「反逆者ニこそ、死あるのみだろうガ!」
言いながらティターノは、レジスタンスの男にその右巨腕を振り下ろす。地面に激しく叩きつけられた男は、それきりもうピクリとも動かなかった。
その後ろから、女のレジスタンスが現れ、竜石の付いた槍でルナを突く。
ルナはそれをふわりと横に避け、そのまま大きく一歩踏み出し、右肘を女の腹に叩きこんだ。女はドサリと倒れる。しかし、まだ息はしているようだった。
「甘いナア、お前ハ」
「……私は、合理的な、だけ。殺すのが、必要な場面なら……やる。私は……非情な女」
「今ガその場面だろウガ」
「……違う。こいつら……特に、竜石を埋め込む者は……いい労働力に、なる」
「ナニ?」
「……連れ去り、高度な洗脳を、すればいい。……マカウェル様なら、可能」
ティターノは顎に手を置き手下の竜達が戦う様子を見ながら思案するが、やがて頷いた。
「良いだロウ。――だガ、動けないヨウ半殺しニするのハ、合理的だよナア? それデ殺してしまってモ、文句ハ聞かんゾ!」
ティターノは再び、戦いの輪の中へと飛び込んでいった――――
―――
――
―
「奴ら身体強化の竜力しか使わず……それでも私達では、歯が立ちませんでした。奴らが全力を出せばアッシュさんでも、敵うかどうか……!」
ショウは悔しそうに言葉を漏らす。
だが話を聞いたリックの顔は、僅かに明るかった。
「けど今の話からすると……残りの皆は、マカウェルの宮殿に連れ去られたってこと?」
「ええ、そうです」
「そっか……だからリンカさん達の竜石の気配を感じなかったんすね」
「しかし……なんて偶然だ」
アッシュは思わず呟いた。
竜車を襲う前――彼ら3人が遂行した任務、それは六聖光マカウェルの宮殿に奇襲用の竜石、転移竜石を設置することだった。
転移竜石とは、設置してある場所へ短時間で移動できる竜力を秘める、貴重な竜石。
闇竜派の竜との研究により生み出されたその竜石は、レジスタンスのみが所有する、対光竜への唯一のアドバンテージといってもよかった。
「今すぐ転移すれば、まだ助けられるかもしれない!」
リックが希望の声を上げる。しかし、シャーリーの顔は冴えなかった。
「ちょっと待ちなさい……そんな簡単に決断できることじゃないわ」
転移竜石は一度使用すると、その使用した竜石と、移動先に設置してある竜石の両方ともが粉々に壊れてしまう。
元々は万全な状態でマカウェルへ奇襲をかけるために設置したもの。今ここで使用するのは、どう考えても得策とは言えなかった。
「せめて……本部からの援軍を待ってからとか、」
「その前に、彼らが死ぬかもしれないですよ!」
「私達だって死ぬわよ!? 何の策も無しで行けば!」
シャーリーの怒号によって、沈黙がこの場を支配する。
うう……と、アンナの呻き声が聞こえる。彼女の脇腹の傷は塞がらず、血は止まらない。
「彼女だってリンカさんが戻ってこないと、このまま……!」
現状、アンナの大怪我を治すには、アジトの設備だけでは不十分だった。治療の竜石を埋め込む、連れ去られたリンカという者の力が必要であった。
「アッシュさん……」
リックは思わずアッシュの顔を見る。シャーリーも、アッシュの返事を待った。
アッシュは、こんな時こそ冷静な判断をくださなければと、思い悩んでいた。
自分の甘さがこんな事態を招いたのだ。ならばもう、今度こそ、間違えることはできない。
非情な判断と言われようと、仕方ない。アジトはここだけではない。
ならば俺は――
「――私が行きます!」
その声で、アッシュははっとする。それは、涙ぐんだサキの声であった。
「アンナちゃんは私をかばって、怪我をしたんです。だから……!」
「やめ、て……わたしは、大丈夫、だから。行かないで……サキちゃん」
振り絞ったような声を出すアンナは、弱弱しく微笑んだ。
サキはその顔をじっと見つめ、勢いよくかぶりを振る。サキの頬には、一筋の涙が流れていた。
「嫌です……! 確かに私は、詳しいことは分かりません。でもこのまま何もしなければ、アンナちゃんが危険なことくらいは分かります!……こんなお別れなんて、辛過ぎる……! 私は……仲良くなった人と、少しでも一緒にいたいんです!」
(! 今のは――!)
アッシュはサキの言葉を聞き、いつの日かの――妻ザラームの言葉を思い出した。
「私は、竜王という長命種だからね。人でも竜でも……仲良くなったって、すぐにお別れがきちゃうの。昔はそれが、たまらなく辛かった」
でもね、と、ザラームは続けた。
「だからこそ私は、大切な人との時間を少しでも尊いものにしようって、思うようになったの。そしてその人と少しでも長く一緒にいられるよう、精一杯その努力をしたい。いつかあなたにも……それが分かる。大切なものに、嘘はつかないで――アッシュ」
(ザラーム……俺は――)
「マカウェルって竜の居場所を、教えてください」
シャーリーに向けられたサキの両眼は、気迫に満ちていた。場所を教えれば、今すぐにでも飛び出して行きそうなほどに。
その時、黙っていたアッシュの口が、開いた。
「……リンカと、ショーン」
「え?」
「ペリーゼにルカ、フォルフ。そして、ソルル」
アッシュが出したその名は、連れ去られた仲間達の名前――。
「俺はあいつらのことが……好きだ。皆、大切な奴らだ。……だからその、つまり」
アッシュはふっと息を吐く。そして力強い目になり、凛とした声で言う。
「すまん。やっぱり俺はあいつらと、別れたくない」
ややあって、「はいっす!」という、リックの大きな返事が響いた。
「はあー……。まあそうなるとは、思ってたけどさ!」
しかしそう言うシャーリーの顔にも、曇りはなかった。
「ははっ。シャーリーさんも、行く気満々だったんすね?」
「うるさいうるさい! うるさい馬鹿!」
サキも勇んだ顔で続く。
「行きましょう! シャーリーさん!」
「サキもうっさい! というかあなたは大人しくここで待ってなさい!」
「えー!?」と不満気に声を上げるサキに、シャーリーは真剣な眼差しを向けた。
「……その代わり、あなたには大事な任務を与えるわ」
シャーリーは召喚竜力で、竜石のついた杖を呼び出し、サキに渡す。
「これは強力な竜石武器。この杖で、万が一の時はここの皆を……守ってあげて」
サキはギュッと、その杖を握った。
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