6
「ここだ」
アッシュ達の数十メートル先に、山岳部の洞窟を改造した住処が見える。
あの野営から4日後、彼らは無事にアジトの一つへと到着したのだ。
洞窟の入口からメンバーと思われる3人の男が皆、細長い何かを掲げながら出てくる。
「あ! お出迎えみたいですよ!……行きましょう!」
サキがアンナの手をギュッと掴み、駆け出した。後ろからトレートルもついて行く。
「本当にサキは元気ね」
呆れ顔で呟くシャーリー。しかしその横で、アッシュは訝しげに声を漏らした。
「なんであの3人……剣を持っているんだ?」
更によく見ると、3人の体は小刻みに震えている。
そのことに気付いた、次の瞬間。
「アアアアアアアアアアアッ――!」
突如奇声を発したレジスタンスの1人が、手に持った剣で、サキに斬りかかった。
「危ないッ!」
だが斬られたのはサキではなく――サキをかばった、アンナだった。
脇腹を大きく斬られたアンナは、そのまま地面に倒れてしまう。
「アンナちゃん!」
叫び声を上げるサキの元へ、アッシュとリックは急いで駆け寄ろうとする。
「――上よ! アッシュ!」
しかし、上空から3体の竜――腕の代わりに大きな翼を生やした、鋭い尻尾と牙を持つ
各飛行竜の背には、剣と盾を持った2体の蜥蜴竜が乗っており、サキ達とアッシュ達の間に入るように――計6体の蜥蜴竜が地面に降り立った。
更に洞窟の入口からも次々と竜が現れる。
鉄の棍棒を持った蜥蜴や、黄色の鱗が生えた尻尾と首の長い四足歩行の竜が、わらわらと群れになっていた。
その群れの先頭にいるのは、顔から2本の長い髭のような触覚を生やした、青の鱗の二足歩行竜。手には長い槍を持ち、頭の角は2本。つまり胸に煌めく竜石は、2つ。
4日前に戦った竜の数の比ではない。しかも今回は、こちらが奇襲される側である。
「グルギャッギャ。ギャ」
髭の竜が竜達に指揮を執り、まずは近くにいるサキ達を取り囲もうとした――その時。
「ま、待て! 待ってくれ!」
サキの後ろにいるトレートルが、必死な形相で大声を上げる。
「私は違う! 私だ! お前らに情報を流した、竜教のトレートル・モナコだ!」
「ギャッギャ、ギャ。フォッフォ」
2本角の髭竜は左手を顎に置き、頷く。
髭竜の指示で、トレートルに向けられていた蜥蜴竜達の武器は、取り下げられた。
「トレートル……何を言っているの、あなた……?」
「これは大きな手柄だろ!? マカウェル様にも、掛け合ってくれよ!」
シャーリーの言葉を無視し、トレートルは懇願するように髭竜へと叫び続ける。
アッシュはこの状況から、理解せざるを得なかった。
トレートルが、自分達を裏切ったのだと。彼は竜石か何かを使い、密かに竜教と連絡を取っていたのだと。
髭竜の横に立つ、正気を失っているレジスタンスのメンバー達。恐らく光の竜力を持つ竜に、操られているのだろう。
つまりトレートルからの情報で、このアジトは襲撃を受けたのだ。
……そう彼に、アジトの場所を教えてしまったばかりに。
アッシュは自分の迂闊さを呪った。契約の竜石にしても、恐らくは――
「あなたは契約の竜石を取り込んだはず!」
リックの問いに、トレートルはサキを指し叫ぶように言い放った。
「そんなものは食わずにどこかに捨てたよ! あの時このガキが騒いでくれたおかげで、食べるのを上手く誤魔化せたのさ! こいつには感謝してるよ!」
「なんで……なんでこんなことをしたんですか!」
サキはトレートルを睨みながら声を荒げる。
「私は竜教の中でも不出来でね……竜車にいた時は本当に奴隷にされるところだったんだ。だからレジスタンスが現れた時に、思いついたのさ。こいつらのアジトを突き止めれば、竜達への手柄になるってなあ!」
「あなたの、竜への疑問や憤りは嘘だったの……!?」
「いやあ……そもそも別にそんなこと、どうでも良いんだよ。私はより快適な生活ができる方につくだけだ。現状じゃあ、どう考えても竜様に与した方が得なんでねえ」
「トレートル……!」
アッシュは蜥蜴竜の先にいるトレートルに鋭い目を向けながら、背中の斧に手を回した。
「おっと!」
トレートルは横たわるアンナの首に手を回し、もう片方の手で懐からナイフを取り出す。
「その距離で何ができるとも思えないが、私に手を出すとこのガキも――――はえ?」
トレートルが言い終わらぬ内に、彼の首は、飛んでいた。
アッシュの右手に握る斧から、黒い竜力――闇影の残滓が漂っている。
アッシュは運竜から模倣した竜力、カマイタチをトレートルに放ったのだ。
「フォッフォッフォ! グルギャギャギャ!」
髭竜が高らかに笑うと、周りの竜達も大声で笑い出す。
転がるトレートルの首を見ながら、苦悶の表情を浮かべるシャーリーやサキ達の顔を見ながら、笑い声を上げている。
「――黙れ」
ゾクリ、と。その場にいる全ての者が――それはシャーリーやリックも例外ではなく――寒気を感じた。
アッシュから溢れ出す、その闇の竜力によって。
「……シャーリーは、正気を失っている皆の捕縛を。リックは、子供達を守ってくれ」
アッシュは憎悪を滾らせたような口調で、続ける。
「竜どもは――俺1人でやる。やらせて、くれ……!」
直後アッシュは両手の斧で、眼前の強化された蜥蜴竜の体を、真っ二つにした――。
いつの間にか、弱弱しい雨が降っていた。
もう動かなくなった十数体の竜の体と、転がるトレートルの首と体を、濡らしていく。
この場にいた竜は、宣言通り、アッシュが1人で殲滅した。
操られていたレジスタンスの3人も正気を取り戻していた。
だが3人の体はボロボロで、その内の1人の胸は抉られ、重傷だった。その姿を見て、アッシュの顔が苦痛に歪む。
「ごめん、なさい……クレイ……! ごめんなさい、アッシュ……!」
シャーリーがぼろぼろと謝罪の言葉を漏らす。
竜との乱戦の中、加減を誤った彼女の炎弾が、クレイと呼ばれるレジスタンスの胸を、抉ったのだ。
「……あなたは、悪く、ない……私、こそ、あやつ、られて……」
最期に何かを言おうとして、だがクレイはそのまま、事切れてしまう。
アッシュは彼の両手を握ったまま、声にならない声を上げた。
リックの結界の中で、大怪我を負ったアンナも、横たわったまま動かなかった。
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