山岳地帯が徐々に暗くなり始めた頃、アッシュ達はすでに野営の準備を終えていた。

 座るリックを中心に、半径5メートル程の薄い球状の膜――竜力の結界ができている。


「これも事象反転の力っす。ただこの結界を張ると、僕はこの場から動けないんすけど」

「そうなんですね……」


 じっと座るリックを、そわそわしながら見つめるサキに、アンナが心配そうに口を開く。


「リックさんのこと、押したりしたら、駄目だよ?」

「し、しないですよそんなこと!」


 その慌てふためくサキを見て、アンナは思わず「ふふ」と笑い声を漏らした。サキは頬を膨らませてアンナを小突く。

 そんな2人のやり取りを見て、リックはあははと笑った。


「もうすっかり友達になれたみたいっすね、2人とも」

「え? 友達……?」


 リックのその言葉に、サキの頬は赤くなり、照れ臭そうに顔を緩ませる。


「友達……えへへへ。はい……私達はもう、友達です!」



 微笑ましい彼女らのやり取りを、シャーリーとアッシュもじっと見つめていた。


「生きていたら、これくらいの歳だもんね」

「……ああ、そうだな」


 アッシュは珍しく、感傷に浸っていた。そして、思い出していた。

 最愛の妻――闇竜ザラームと……彼女との間にできた、娘のことを。


 悠久の時を竜と生き、8つもの竜石を持つ竜王、闇竜ザラーム。

 竜だけでなく人をも愛するザラームは、竜人――柔らかな雰囲気を纏った美しい女性の姿でいることも多かった。

 武の才により若くして人類の中心となっていたアッシュは、竜王として竜の中心となるザラームと接する機会も多く、彼は彼女のその愛の深さに、徐々に惹かれていった。

 そして彼女もまた、アッシュの不器用なひたむきさに、惹かれていったのだ――。

 その後竜大戦は終結し――ザラームは、アッシュとの子を授かった。


 ――だが。

 子を出産した直後、ザラームは闇竜としての力が急激に弱まり、そこを狙われ、突如襲撃してきた光竜オーレオールとその部下達によって……ザラームは殺された。

 加えて、光竜は生まれたばかりのアッシュとザラームの娘をも、攫い、奪い取った。

 光竜は、闇竜の弱まるタイミングを、じっと、狡猾に、待っていたのだ。

 今にして思えば――竜大戦が勃発したのも、裏で光竜が暗躍していたように思える。

 自身が竜と人の頂点に立ち、支配するために。


「アッシュ……。絶望に、囚われない、で。絶望すれば、光が、消えてしまう……。無の力に……堕ちては、いけない……」


 それが、ザラームの残した最期の言葉だった。

 アッシュは彼女の体から8つの闇竜石を貰い受け、1つ、また1つと竜石を左腕に埋め、最愛の彼女を感じ、戦う。

 いずれは8つ全ての竜石をその腕に埋め込むと誓って……。

 今、娘がどうなっているかは分からない。

 しかし、必ず生きている。そう信じている。

 それがアッシュに残された……たった1つの、希望だった――。

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